登校
4月8日
雲一つない青空に恵まれた今日。
新しい制服に身を包んだ少女が慌ただしく新たな生活への準備をしていた。
「美園も今日から高校生かぁ~。楽しみね」
「うん…まあ…」
ただその少女の表情は暗かった。
これから始まる新生活に期待するどころか嫌悪感を抱いていた。
「はぁ…だから私もついていくって言ってるでしょ?」
「そんなこと言ったってつまんないものはつまんないよ」
新生活に不満を言いつつ着々と準備を進める美園。
口では嫌と言うが、やはり少しは楽しみにはしていた。
「ほら、朝ご飯出来てるから早く食べちゃいなさい。後の準備は私がしておくから」
志園がそう言うと美園は椅子に座りパンを頬張った。
――――――――――
美園の食事が終わり、二人は家を出た。
見慣れた住宅街を抜け、大通りに出て、駅を目指して歩いていた。
「高校はね、いろんなところから集まるからいろんな人がいるのよ」
「へぇ~。いいなぁ~」
「いいなぁ~って今から行くのよ…」
美園は家での態度とは違い、明るく振舞っていた。
やはり新生活は楽しみなようだ。
「あれ?美園ちゃんに志園じゃないか」
声をかけられた二人は振り向いた。
そこには志園の生みの親の北沢南が立っていた。
「あ、北沢さん!おはようございます」
「おはよう。今日からだっけ?高校」
「うん!そうだよ」
「北沢の高校生活はどんな感じだったの?」
「高校か…高校にいたころはひたすら勉強してたかな…」
北沢は質問の回答を困り顔で語った。
「そうそう、今月高校生のバイトが二人入ったんだ。しかも美園ちゃんと同じ高校の子」
「でもコンビニはこの辺じゃなかった?バイトに入った子ってこの辺の子?」
北沢の経営するコンビニの最寄り駅である涼花台駅と高校の最寄り駅である雪野駅は3駅離れている。
わざわざ3駅離れたコンビニまで働きに来るのかと志園は疑問に思った。
「一人はこの辺の子だったかな。もう一人は茅原の子だったかな」
「真反対じゃない!」
茅原は雪野から涼花台と反対側に6駅離れているのだ。
「変わった子だよホント。真面目そうだったから雇っちゃったけど」
「真面目そうだったって…バイトの面接で真面目に見えない人なんていないでしょ…」
北沢はアハハ…と笑ってごまかす。
それに志園はため息を漏らす。
「志園…時間…」
美園が志園の袖を引っ張る。
「時間?…あっ!ごめん!学校行かなきゃ!」
「あっ、そっか。じゃあ、高校生活楽しんでね」
北沢と別れた二人は走って駅まで向かった。
――――――――――
「はぁ~っ。やっと着いたぁ~」
二人はなんとか電車に乗ることができ、無事高校の最寄り駅である雪野駅に着いていた。
駅からは何人もの学生が列を連なっていた。
美園たちと同じ制服の子もいれば、別の高校の制服を着た子もいた。
ただ、どの子も新たな学校生活に思いをはせているようだ。
「さて、私たちも行きますか」
志園は美園がいたほうを振り返った。
しかしそこに美園の姿はなかった。
「あ…あれ?美園…?」
さっきまで一緒にいたはずだったが、いつの間にはぐれてしまっていた。
辺りを見回しても美園は見当たらなかった。
志園は集団の流れに逆らって駅の方に美園を探しに行った。
そして階段の最後の段に美園はうずくまって座っていた。
「ちょっと何してるのよ。遅れちゃうでしょ」
「うん…で、でも…」
うずくまったまま美園は答える。
「は…恥ずかしい…」
「恥ずかしいのは今の恰好でしょ。こんなところで座ってたらみっともないでしょ。それに階段上ってくる時パンツ丸見えだったわよ」
「えっ…」
美園の顔が急に赤くなる。
眼には涙が溜まっていた。
「ほら、行くわよ。初日から遅れたら困るでしょ」
志園は美園の左手を掴んで階段を下りていった。
美園は右手でカバンを強く抱えていた。
――――――――――
二人は時間ぎりぎりで学校に到着した。
志園は明日はもう少し早く出ようと心に誓った。
「志園、腕が痛いよ…」
「ごめんごめん…って。後でいたいのいたいのとんでけ~ってしてあげるから」
「やだ。今すぐ」
「あのね、昨日も言ったでしょ?学校では別の家族ってことにしてって。それか後でトイレかどこかでこっそり」
二人が小声で話していると教室のドアがガラガラとわずかに音を立てて開いた。
開いたドアからは眼鏡をかけた男性が真顔で教卓に向かって歩いてきた。
「このクラスの担任になった戸越だ。よろしく」
教卓前に立った男は苗字を名乗った。
しかし、それ以上を語ることはなく椅子に座った。
「(やけに不愛想な担任ね…。本当に担任なのかしら)」
入学式までまだ10分弱あった。
が、その10分は無駄に溶けていった。
沈黙の中チャイムが鳴り響く。
チャイムが鳴るなり戸越は椅子から立ち上がった。
「時間だ。皆さん体育館へ移動してください」
またも多くは語らず、自らは教室を出た。
体育館の場所がわからずおどおどしている生徒が何人もいたが、戸越は一切気にせずどこかへ行ってしまった。
「まったく…体育館の場所くらい言ってくれてもいいのに…。ほらみそ…赤羽さん行きましょう」
「え…志園どうしたの急に…」
「あのねぇ…学校では他人だって――」
「あのーすいません」
志園に男子生徒が声をかけてきた。
「体育館の場所ってわかります?」
「ああ、多分ですがわかりますよ」
志園は入学試験とその合格発表の時に来ただけなので確証はなかったが、なんとなくここという場所はあった。
とはいえわからなくとも体育館にはたどり着く必要があったので無理にでも見つけなければならなかった。
「じゃ、とりあえずそれっぽいとこに向かいましょうか」
――――――――――
「よかった~ありがとうございます!」
「いやいや。どっちみち私たちも来なきゃならなかったし」
三人は無事体育館に集合していた。
体育館前の空気はピンと張りつめていた。
生徒たちは緊張からかピクリとも動かなかった。
「あ、えっと申し遅れました。東海明鶴です。よろしくお願いします」
そんな空気の中、先ほどの男子生徒が口を開く。自己紹介だ。
「私は赤葉野志園です。こちらこそよろしくね」
志園が自己紹介を返す。
「えっと…そっちの子は?」
「この子は赤羽美園。友達よ」
志園は美園の紹介もした。
あくまで家族であることを隠すため、"友人"を自称した。
「友人ですか…いいですね。同じ高校に前から仲がいい人いるだけでだいぶ気も楽になるでしょうし」
「そんなこと言って東海さんだって私たちと話しているんですから周りから見たらまだいい方ですよ。きっと」
志園は笑って話しを濁す。
誰かと話していることは問題ではないからだ。
それになにより志園には明鶴が緊張しているようには見えなかった。
「あ、入学式始まりますね」
耳を澄ますと微かにオーケストラの演奏のような音楽が流れているのが確認できた。
それと同時に周りの緊張も最高潮に達しているのも感じ取れた。
体育館の戸が開き、開いた戸からは真っすぐ光が差し込んだ。
新入生を迎える拍手が体育館で響いていた。