想曲・陸〜茜〜
我が命を代償とすると、そう告げた従者の赤い瞳に迷いはない。鋼鉄の決意を秘めたその瞳を、主は冷徹なまでの静かな深緑の双眸で見据えた。
張り詰めてゆく緊張。重い沈黙。
無言の対峙がどれ程長く続いただろうか。しかし本当は、その対峙はほんの数秒間。
ゆっくりと、主はその瞼を閉じた。
「――――わかった」
凪いだ深海の声が了承を告げた。そのまま彼は席を立ち、部屋を出て行った。
その背に、ラキは声をかけることが出来なかった。扉が閉ざされ、遠ざかっていく足音を聞きながら、ラキは覚悟を決めた兄を心配そうに見つめた。
ラウがゆっくりと振り返った。緋色の翼を一度羽ばたかせる。その姿は、彼の犯した罪の証。
「ラキ。すまないな」
「いえ…」
その赤い瞳に浮かぶ優しい光に、ラキは顔を歪めた。
「兄さん…。後悔は、しませんか?」
ラキの静かな問いかけに、ラウは瞑目した。それが、答え。
窓の外は純潔の静寂。さんさんと舞い降りる六花が、地上の全てを純白へと変えていく。
*
昨夜遅くまで降っていた雪は日が中天に差しかかる頃には止んでいた。厚い雲は晴れ、柔らかな日差しが室内へと差し込んでくる。
開け放たれた窓から少し離れた巨木の枝にとまり、ラウは病室の様子を見守っていた。
白色のベッドに横たわった少女。その傍らに立つ両親らしき人物が心配そうにその様子を見守っている。瞼が震える。ゆっくりとその瞳が開けられた。
涙を流す母親。淡く微笑む父親。意識を取り戻した娘を、二人は愛しそうに抱き締めた。
幸せそうな親子の様子に、ラウはその赤い瞳を細めた。
「…どうか、幸せに」
呟きは、決して彼女には届かない。それでも、この気持ちだけは。
ラウは静かに瞳を閉じる。いずれ訪れる魂の消滅に、一片の恐怖も感じる事無く。凪いだ心でただ願うのは、愛しい人が愛した者達の幸せ。
地平線へと陽が沈む。橙色に染まる空。冷たい夜の帳が下りる前の、束の間の優しさ。全ての者達の至福を願う、茜色の空。
ΨΨΨΨΨ