往診
「ユウジくんの家にお邪魔するのは久しぶりだね」
早朝にもかかわらず白衣を着た二名の男女が往診に来てくれた。年配の男性と若い女性だ。
若い女性のほうがユウジに親しげに声をかけた。
赤毛でそばかすの目立つ小柄な女性だ。
まだ幼さが残り小動物のようにかわいらしかった。
「ごめん、ニーナ。朝早くから」
ユウジは若い女性に頭を下げた。
「いいから、いいから」
ニーナは笑顔を浮かべながら顔の前でひらひらと手を振った。
「で、患者は?」
年配の男性のほうが口を開いた。
すらりと背が高く知的な雰囲気でメガネが良く似合っていた。
「すみません、ラクロワ先生。本人はベッドから起き上がれないようで……寝室にいるんですが……」
ラクロワ医師は無言でうなづくと、遠慮なくユウジの父親の寝室に向かった。
ユウジとニーナが追いかける形になった。
「ナグリ治安・防災委員長。具合はどうかね」
「このような姿で失礼します。ラクロワ衛生・福祉委員長。面目次第もない」
岩を削った彫刻のようなイメージのユウジの父親は、険しい顔にすまなそうな表情を浮かべていたが、ベッドの上に横たわったままだった。
「君らしくないな。ケンイチロウ、腰痛の原因は?」
「昨日の夕方、若いやつらと訓練を兼ねて、もうすぐ賞味期限が切れる非常用食糧の棚卸し作業をしていたんだが、段ボール箱を台車に載せていると腰に痛みが走って……昨日は何とか耐えられたんだが朝になると……」
「ぎっくり腰だな。すまないが、できることはほとんどない。痛み止めの薬は置いていく。三日間は安静にすること」
ラクロワの口調はきっぱりしていた。
「しかし、アレックス、俺には治安・防災委員長としての責務が……」
「人口三五〇人ぽっちの村社会でそうそう緊急事態は発生しないと思うがね。過去二〇年間で君が緊急出動した事件といえば、せいぜい夫婦喧嘩の仲裁ぐらいじゃなかったかな。農作業で力持ちが一人減ることのほうが余程のダメージだよ。じゃあ、ユウジ君あとはよろしく、玄関先に台車を置いていくから歩行器代わりに使ってくれ」
「親父を乗せるんですか?」
「違う。押しながら歩かせるんだ。つかまって体重を預けるものがないと、ろくに歩けないだろうからな。この家には手すりもないことだし。トイレに行くのにも困るぞ……さてニーナ、集合時間に遅れるぞ、農作業に出かけるとしよう」
「はい、おとうさん」
ニーナはそう言いながら、持っていた診察カバンの中からてきぱきとした動作で、痛み止めの飲み薬と湿布薬を取り出した。
「ユウジ君、飲み薬は食後三〇分以内で一回一錠、湿布は半日で取り替えてね。一応一週間分渡しておくから。じゃあ、また、農場で会おうね」
すでに玄関に向かったアレクサンドル・ラクロワをニーナ・ラクロワは、そそくさと追いかけた。
ナグリ・ユウジも慌てて玄関を出ると、ラクロワ医師が置いていってくれた歩行器代わりの台車が確認できた。
よくこんなものが必要になると予想できるもんだと内心感心した。
「朝早くから、ありがとうございました。」
ユウジは頭を下げて二人を見送った。
玄関の前は幅三メールほどの歩道になっており、歩道の先は、幅六メートルほどの車両通行帯、さらにその先は、また歩道となっていた。車両通行帯には自動車は走っておらず、自転車が1台ゆっくりと通り過ぎた。
道はトンネルの中の通路のようで空の代わりに天井があった。
天井の所々にはグラスファイバーで太陽光を取り入れる照明器具が設置され、ぼんやりと明るかった。
道はゆっくりとカーブしており、ユウジの家の玄関がある側には等間隔に同じような玄関ドアが並んでいた。
見送るユウジにニーナが手を振った。ラクロワ親子は歩道を歩いて遠ざかっていった。




