ミサイル
「アルテミス、再び策敵範囲に入りました。慣性航行をしています」
全力で加速を継続していたルナ人民共和国軍所属の宇宙護衛艦エラトステネスの中央コントロールルームにアネット・バロー中尉の澄んだ声が響いた。
金髪、碧眼、ショートカットの若い女性士官だ。
室内に一瞬の安堵が広がり、次に緊張が走った。
『やっと追いついた』という安堵と『また戦闘が開始される』という緊張だった。
気づいたものはほとんどいなかったが、それと時を同じくして、エラトステネスの艦長アントニオ・エストラーダ少佐のコンソールデスクのコンピュータ端末で電子メールの着信音が鳴った。
エストラーダ艦長がモニターを確認すると軍司令部から極秘メールが届いていた。
広大な宇宙空間では光の速度で通信してもタイムラグが発生するため、リアルタイムで言葉のやり取りをすることはなく、メールでの通信が一般的だった。
『この忙しいのに!』
艦長は内心毒づいた。
軍司令部からのメールでおまけに親展扱いだ、
忙しかろうが何だろうが至急対応する必要があった。
「加速停止、速度このまま。ステルス性を最大限発揮し、慣性航行のまま、できるだけ近づく。アルテミスに加速の動きがあれば再び最大加速を行い、追撃する」
策敵能力からすればアルテミスの方が先にエラトステネスに気づいているはずだった。
だからと言って艦長には為すべき手順を省く気はなかった。
「電磁誘導砲、ミサイル、発射準備。アルテミスからの攻撃があれば直ちに反撃を行え」
「電磁誘導砲、ミサイル発射準備します。目標、大統領専用機アルテミス」
黒い髪をクルーカットにしたぽっちゃり系のエミリオ・ガルシア中尉が緊張の面持ちで復唱した。
彼としてはサーシャの乗っている機体を攻撃したくはなかった。
「通信準備、電磁誘導砲の有効射程に入り次第、降伏勧告を行う」
「降伏勧告を準備します」
赤毛のシンディー・キャンベル少尉が復唱したのを確認し、一通りの指示を終えた艦長は極秘メールを開いた。
内容は箇条書きで、いくつかの指示が書かれていた。
《ライリー・アレンを人民軍が殺してはならない。生きたまま拘束せよ。裁判にかける必要がある》
『逃すくらいなら殺せという指示だったはずだが・・・反撃をしてもいけないのか?』
一行目の内容は不可解なものだった。
絶対殺すなということであれば、任務の達成は今までより遥かに困難になる。
これまでは『できれば捕らえよ、ただし、撃墜もやむなし』だった。
「アルテミスから入電。降伏するそうです。音声メール、再生します」
エストラーダ艦長の思索はうれしい報告によって打ち切られた。
「こちら大統領専用機アルテミス。現在、当機は金星ビーナスシティ自警団の制圧下にある。ルナ人民共和国のサーシャ・グリンベルグ、ライリー・アレン元大統領他一名すべて無事である。ほら、サーシャ、何かしゃべって」
「申し訳ない。人民の敵ライリー・アレン元大統領はまだ生きている」
聞きなれない若い男の声に続いてサーシャ・グリンベルクの抑揚のない声が聞こえてきた。
これで軍司令部からの無理な命令は一気に実現が確実になった。
エストラーダ艦長は思わず安堵の息を漏らした。
「ほう、金星の自警団の方がわが軍よりも有能だったわけだ。これでエラトステネスもようやくライリー・アレンを捕らえることができる。いやいや不名誉な記録が更新されなくて何よりだ」
艦長席のすぐ隣、副長席に座っていたモハド・ノラザンがエストラーダ艦長の耳に入るようにわざと大きな声で嫌味を言った。
艦長は射るような視線をノラザンに投げかけた。
「こわい、こわい、少し距離を置いたほうがいいようだ……サーシャと再会できて嬉しいかね」
ひげ面で肥満体のモハド・ノラザンはそう言いながら艦長席の隣の副長席からサーシャ・グリンベルクが座っていた火器担当補佐席に移動し、隣の火器担当のガルシア中尉に話しかけた。
ガルシア中尉がサーシャを気に入っていたのは周知の事実だった。
エストラーダ艦長は苦々しい思いでノラザンを睨むと視線をモニターに戻し、軍司令部からのメールの続きを読んだ。
《モハド・ノラザンを直ちに拘束せよ。彼は宇宙開発公社の手先だ。国防大臣殺害に関与している。抵抗すれば殺してもかまわない》
エストラーダ艦長がメールの内容に驚き立ち上がるのとガルシア中尉が叫び声を上げたのはちょうど同じタイミングだった。
「おい、何をしている。そいつに触るな!」
火器管制システムをいじっているノラザンを止めようとガルシア中尉は立ち上がり太い腕を伸ばした。
銃声が轟き、ガルシア中尉の胸部から赤い液体が噴出していくつもの細かい球体になっていくのが見えた。
ノラザンによってミサイル発射装置のスイッチが押され、八発の攻撃ミサイルが大統領専用機アルテミスに向かって飛翔していった。
大統領とサーシャの二人が生きていることはノラザンにとって都合が悪かった。
『幸い増援部隊がこちらに向かって接近しているので大統領専用機アルテミスと宇宙護衛艦エラトステネスの両方を破壊し、関係者をすべて葬って自分だけ脱出カプセルで増援部隊に救助してもらおう』ノラザンは頭の中でそう計算していた。
彼は不気味な笑みを浮かべると手にした軍用拳銃の銃口を背後のエストラーダ艦長に向けようとした。
艦内の人間は突然の発砲に対応できないはずだった。
しかし彼が目にしたのは彼が手にしているのと同じタイプの軍用拳銃の銃口と鋭い眼光を自分に向けているエストラーダ艦長の姿だった。
エストラーダ艦長は躊躇することはなかった。
銃声が轟きノラザンは自分の胸部を突き飛ばされるような衝撃を味わった。
目の前が暗くなる頃、ようやく焼け付くような痛みを感じたような気がした。
大統領専用機アルテミスの中央コントロールルームには、ユウジとハオユー、そして、サーシャがいた。
大統領専用機アルテミスの定員は乗員三名乗客二名であったので、運用のための頭数は足りていたが残念なことに全員素人だった。
救いがあるとすれば三人とも決して油断はしていなかったことだった。
そして、彼らの心の準備を裏切ることなく、緊急事態は訪れた。
「撃ってきやがった! エンジン始動」
主操縦席のハオユーが叫びながらエンジン始動のスイッチを入れた。
弾かれたように大統領専用機アルテミスは加速を開始し、Gが彼らに襲い掛かった。
サーシャが失神しないよう加速は抑えてあった。
「レーザーで迎撃!」
火器管制を担当するユウジが迎撃用のパルスレーザー砲で接近するミサイルを自動追尾、破壊するよう火器管制システムに指示を出した。
至近距離のため迎撃ミサイルを発射する余裕はなかった。
レーザー砲の砲塔が回転しながらエネルギーの塊をミサイルに浴びせかけ、高速で接近する先頭のミサイルが破壊された。
破壊されたミサイルの影から新しいミサイルが現れ、それも破壊された。
八発のミサイルのうち七発まではそうして迎撃に成功したが、最後の一発は迎撃が間に合わず、アルテミスの後部推進装置付近で爆発した。
「ぐっ」
すさまじい衝撃と爆発音が襲い掛かり、メインの照明が消え、非常灯だけとなった。
船体の損傷を知らせるシステムが警告音を発し、中央コントロールルーム内はけたたましい騒音に満ち溢れた。
気密隔壁が次々に自動で閉鎖され『宇宙服を着用してください』という警告メッセージが船内全体に響き渡った。
中央コントロールルームの三人に加え、隣室のアレン親子もあわててヘルメットを着用した。
ハオユーの操縦とは関係なく加速は終了し、船内は再び無重力となった。
「損害状況を確認します」
副操縦席のサーシャがシステムに表示されている損害状況を静かな声で読み上げ始めた。
「主力エンジン損傷、後部貨物室外壁全損、火器管制システム、通信システム及び空気浄化システム機能停止、エアロック破壊、ただし脱出カプセルは損傷を免れた模様」
「つまり、もう逃げることもできないし、反撃もできないし、助けを呼ぶこともできないうえに、限られた酸素を消費した時点で全員お陀仏というわけだね」
ハオユーが乾いた声で自分たちの置かれた状況をおさらいした。
「追加攻撃を受けないという前提ならね。とりあえず全員で損傷を免れた脱出カプセルに避難しよう」
ユウジは自分たちに残されている数少ない選択肢を口にした。
しかし、降伏している自分たちを攻撃するような連中だ。
脱出カプセルに乗っている人間を救助してくれるとは思えなかった。
希望のある選択肢ではなかった。
「ユウジ、ハオユー、すまない」
サーシャが小さな声で謝罪の言葉を口にした。
ヘルメット内の通信装置のおかげではっきりと聞こえた。
「ん?」
ユウジとハオユーがそろってサーシャに視線を向けた。
「二人には何の関係もないのに」
「わかればいい」
ハオユーがすかさず答えた。
ユウジは黙ってうなづいた。
そして、ふと、まだ機能している索敵システムを見ると宇宙護衛艦エラトステネスが、アルテミスに急速接近してくるのが見えた。
「軍艦が近づいてくる。どういうつもりだ。我々の死体でも確認するつもりか?」
ユウジは眉間にしわを寄せた。
「救助に来てくれてるわけじゃないよね」
ハオユーがぼそっとつぶやいた。
「なら、そもそも攻撃しないだろ」
ユウジは思わずその考えを否定した。
「微かだがチャンスが出てきた。われわれが助かるにはエラトステネスに乗艦するしかない。私はそのために全力を尽くす。お願いだ、私に装甲歩兵の装備一式を返してくれ」
サーシャはエアロックを破壊してでもエラトステネスに乗り移ることを考えているらしかった。
エラトステネスはアルテミスにどんどん接近し、やがて接舷した。
エラトステネスから係留用のワイヤーがアルテミス打ち込まれ、サーシャの無謀とも思えた計画が現実味を帯びてきた。
「確かに戦う腹積もりをしたほうがよそうだ」
ユウジは、船外を撮影するテレビカメラの映像を睨みつけた。
四人の装甲歩兵がエラトステネスのエアロックを出て、アルテミスに向かって推進剤をふかしはじめていた。




