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月の戦姫と金星の浮遊都市  作者: 川越トーマ
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迷走

「ユウジ、裏切ったのか!」

 ジョシュアに続いて、ユウジはサーシャからも激しい感情をぶつけられていた。

「裏切ってはいない」

 ユウジは大きく首を振った。

 ジョシュアに罵られてもなんとも思わなかったがサーシャに罵られるのは応えた。

 サーシャは激しいGの影響で失神していたところをユウジに武装解除されていた。

 鎧のような装甲強化服は剥ぎ取られ簡易宇宙服姿だった。

 サーシャが所持していたレーザーライフルと特殊合金製の軍刀はユウジが身に着けていた。

 一方、アレン親子が使用していたレーザー銃と軍用拳銃はハオユーが両手に構えていた。

 ユウジ、ハオユー、サーシャの三人が中央コントロールルームに居て、ジョシュアとライリーの二人はライリーが座っていたガラスの向こう側に閉じ込められていた。

「俺は人を裁けるほど偉くはない。彼らに罪があるというのなら法廷で裁けばいいだろう。御覧の通り彼らはすでに武装解除され、俺達の虜囚だ」

「わかった。では武器を返してくれるか?」

 サーシャはユウジが身に着けているレーザーライフルと軍刀を指差し、ユウジの瞳に鋭い視線を送った。

「ユウジ、この女危ないよ。武器は渡さないほうがいい」

 ハオユーがサーシャの険しい表情を見てユウジに忠告した。

「そうだ。渡さないほうがいい」

 ライリー・アレンがガラス窓の向こう側から口を挟んだ。

「何なら素手で殴り殺してやろうか?」

 サーシャが憎悪に燃えた目でライリー・アレンを睨んだ。

「ふざけるな。そんなことはこの俺が許さない」

 そのサーシャをジョシュアが肉食獣のように眼光を光らせてにらみ返した。

「ややこしくなるから、あんたらは黙っていてくれ」

 ユウジは頭を抱えた。

「サーシャ、以前、元大統領を捕らえるか処刑するって言ってたと思うけど。捕らえることに成功すればそれでいいんだよな」

 ユウジはサーシャに向き直って説得を続けた。

「最新の指令は元大統領の抹殺だ」

 サーシャは無表情に答えた。

「武器を持たない無抵抗の人間を君は殺すのか?」

「私の兄も武器は持っていなかった。そして無抵抗のまま殺された」

「それは……だが、おかしくないか? 罪があるというのならそれを公の場で裁こうとするのが普通じゃないか?」

「それを判断するのは私の権限ではない」

「ユウジ、わからんちんに何を言っても無駄だよ」

 ハオユーがイライラした様子で言った。

「サーシャ、君は薄汚い陰謀に手を貸しているのかもしれないんだよ。君たちと人民軍がともに戦うキッカケになった国防大臣殺害事件の犯人は多分ライリー・アレン大統領じゃない」

 ユウジは慎重に言葉を選んだ。

 歴史の闇で片付けずに真実は白日の下に晒すべきだとユウジは考えていた。

 そのためにはライリー・アレン元大統領は殺さずに法廷で裁いたほうがいいとも思った。

「それが、どうしたというんだ。大切なのは事実ではなく結果だ。結果として革命は成功した。ユウジが気にすることではない」

 サーシャのアイスブルーの瞳に何かの感情が揺れ動いたような気がした。

 ユウジの心の隅で何かがアラートを発しはじめた。

 ユウジはサーシャが何も知らずに利用されていると思い込んでいたが、そう思う根拠はどこにもないことに気づいた。

 知っている……それどころか彼女が事件に関与した可能性もあった。

「そうか、では残念ながら武器は返すわけにはいかない。俺が預かる。俺は陰謀に加担したくないし、君が人殺しをする姿も見たくない」

「ユウジ、私はすでに革命のために多くの人間の命を奪ってきた。私の兄の命を奪った政治体制の責任者を処断するためだ。ここで止められたら今までのすべての行為が無駄になる。大義のために今まで私が奪ってきた命もだ」

 サーシャの声は震えを帯びてユウジの目を真っ直ぐに見据えていた。

 ユウジはサーシャの発言内容に自分でもうまく表現できない苛立ちを感じていた。

「我々は神ではない。生きるためには戦うことも必要だ。しかし、今ここで丸腰の人間を殺す必要があるのか? 君は自己紹介で自分は戦士だと名乗った。ただの人殺しじゃないんだろ?」

 なぜかサーシャの目に涙が浮かんだ。

「すべては月の未来のためだ。月の市民が一致団結して宇宙開発公社が仕掛けている理不尽な経済戦争に打ち勝つ必要がある。平安をむさぼる特権階級や現実に目を背ける指導者は月の市民にとっては不要でかつ有害だ。理想の社会を作るためには、きれいごとを言っていられないのだ。宇宙開発公社の資金をあてにして暮らしている金星の人間には、ユウジにはわからないかもしれないが」

 月が経済破綻したそもそもの原因は、住民すべてを安価な労働力として搾取していた宇宙開発公社の支配から独立した月に対し、新たに開発した小惑星の資源を背景に、鉱物資源の価格競争をしかけた宇宙開発公社の存在があった。

 月の住民の中には宇宙開発公社からの独立前の方がましだったとする者もいたが、サーシャは月の住民では主流派を占める反宇宙開発公社派らしい。

 サーシャの指摘どおり金星は宇宙開発公社から資金提供を受けていたが、生活に必要なものの大半は自給自足を達成しており、宇宙開発公社に食わせてもらっているという意識はユウジたちにはなかった。

 しかし、その部分はあえて反論しようとは思わなかった。

「ああ、わからない。目的のためには手段を選ぶ必要がないという考え方を俺は理解しようとは思わない」

「じゃあ、私をこの船に乗せたのは何のためだ! 私の考えに賛同してくれたのではなかったのか! おまけにユウジたちは騙されてこの船にいる。命を落とす恐れがあったし、今も命の危険は続いている。ルナ人民共和国軍の軍艦に撃沈される可能性は消えていない。復讐をしようという気はないのか!」

 サーシャは、いままで見せたことのなかった表情を見せて叫んだ。

「こいつらに仕返しをする必要があるという意見には俺も賛成だ」

 ハオユーがすかさず口を挟んだ。

 ユウジは困った様子で頭を振りながら話を続けた。

「君をこの船に乗せたのは誤りだった。君の願いを叶えたいと考えたのは軽率だった。しかし、過去の誤りは未来に向かって正すことができる。だから俺は今度は君を止める。悪いが船室に入っていてくれ。」


「ハオユー、ごめん。俺が間違っていた。君の言うとおりだった」

「ま、仕方がないよ」

 サーシャには丸腰で船室に入ってもらい、中央コントロールルームはユウジとハオユーの二人だけになっていた。

 二人は交代でアレン親子を見張りつつ、サーシャやアレン親子と同じ白い簡易宇宙服に着替えていた。

「これからのことなんだけど」

 大統領専用機アルテミスを占領した二人は針路と方針を決める責任を背負い込んでいた。

 ユウジは自分たちが置かれている状況を頭の中で必死に整理した。

「ルナ人民共和国軍の軍艦と出会ったら迷わず降伏するっていうことでいいかな?」

 それがユウジの出した堅実と思われる方針だった。

「それしかないだろうね」

 ハオユーも同意した。

「私は困るんだが」

 そんなユウジとハオユーのやり取りにライリー・アレンが割って入った。

「あんたは少し黙っててくれ、そういう立場じゃないだろ!」

 ハオユーがそんなライリー・アレンを一喝した。

「でも、油断できないよな。革命組織側は是が非でも元大領を抹殺したいみたいだし」

 ユウジはライリー・アレンに軽く一瞥をくれてから自分のプランにおける問題点を口にした。

「国防大臣殺害事件の口封じも兼ねてね」

 ハオユーもうなづいた。

「月の連中にとって俺たちは人質として何の価値もないことはすでに実証されちゃったからサーシャの存在をアピールするしかないと思うんだけど」

 金星を出発するときに、ジョシュアが金星人を人質にしていることを宇宙護衛艦エラトステネスに伝えていたが、攻撃はしっかり行われた。

 自分たちの仲間であるサーシャがいることを伝えれば対応が変わるかもしれない。

「なら、前から来る増援部隊より、後ろから追いかけてくる護衛艦の方が話がわかるかもしれないね」

 エラトステネスの乗員にはサーシャを仲間として認識している者もいるかもしれないが、他の軍艦の乗員にとってはサーシャの存在が問題とはならない可能性をハオユーは指摘した。

「我々を生かしておく気がなかった場合はどうする?」

 ユウジは最悪のケースを口にした。

「逃げるしかないでしょ」

 ハオユーは考えたくもないという表情で頭を振った。

「だよな。その場合、地球に直接降下するか、軌道エレベーターのある宇宙ステーションに降りることになるよな」

 ユウジは自分たちの操縦技量を考えてげんなりした。

 宇宙空間であれば操縦の上手い下手は致命的な結果につながらない。どんな操縦をしても「墜落」することはないからだ。

 しかし、大気圏に突入し、大気圏内を飛行し、着陸するとなると話は別だ。

 戦闘しながらとなると、コンピューターシステムの力を借りても素人にできるとは思えなかった。

 そんな状況になったらアレン親子と利害が一致する。

 操縦をジョシュアに任せるという選択肢もあった。

「迷わず、その選択肢をとるべきだ」

 再び、ライリー・アレンが口を挟んだ。

「ユウジ、レーザー銃の出力は抑えて死なないようにするから、あいつのこと撃ってもいいか?」

 ハオユーの顔から血の気が引き真顔で言った。

 かなり頭にきたらしい。冗談ではなく本気で撃ちかねなかった。

「俺もそうしたいが面倒だからやめてくれ。で、話の腰を折られたけど、地球に向かったら、月の艦隊の出迎えがあるよね」

 逃走した場合の一番の問題点はこっちだった。

「その状況で生き残れるとは思えないよ。あそこの男は生き残る気だったみたいだけど」

 ハオユーはガラスの向こうでふてくされた顔をしているジョシュアを指差した。

「前向きだよな」

 二人とも金星に戻るという選択肢は考えなかった。

 みんなに迷惑はかけたくなかった。

 ユウジとハオユーにしてみれば宇宙護衛艦エラトステネスがサーシャの安全を配慮してアルテミスへの攻撃を遠慮することを祈るばかりだった。

 二人がそんな議論を続けていると大統領専用機アルテミスの策敵システムがアラートを発した。

 船尾方向から接近してくる宇宙船の存在を告げていた。

「どうやら、追いついたらしい」

「じゃあサーシャを呼ぼう、我々の生存確率を少しでも上げるためには彼女にも一言しゃべってもらった方がいい」

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