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月の戦姫と金星の浮遊都市  作者: 川越トーマ
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疑念

「電磁誘導砲、ミサイル、全弾かわされました」

 ぽっちゃりしたエミリオ・ガルシア中尉が火器担当士官席で残念そうな声を上げた。

「ふん、使えない奴らだ」

 副長席に座っていたモハド・ノラザンが小さな声でつぶやいた。

「進路変更、最大加速、アルテミスを追撃する」

 宇宙護衛艦エラトステネス艦長のアントニオ・エストラーダ少佐が苦虫を噛み潰したような顔で低い声を響かせた。

「金星の住民が人質になっているとの通信もありましたが」

「事実かどうか確認できないだろ」

 副長兼操縦士のキム・ギソン大尉の発言をエストラーダ艦長が苛立たしげにさえぎった。

「大変です」

 各種センサーをいぶかしげに見つめていた赤毛のシンディー・キャンベル少尉が弾かれたように大きな声を上げた。

「なんだ!」

「アルテミスに、ミス・グリンベルグが乗っています」

「なんだって!」

 驚愕の声を上げたのはガルシア中尉だった。

 彼は先ほどから電磁誘導砲の砲弾やミサイルを大統領専用機アルテミスに浴びせ続けていた。

 知らずに仲間を殺すところだったと思うと指が震えた。

「ミス・グリンベルグが所持している携帯端末の電波がアルテミスの中から発信されています」

 キャンベル少尉は副長席に座っていた髭面のモハド・ノラザンに視線を送った。

 中央コントロールルームのメンバー全員の視線がノラザンに集まった。

「我々は死を恐れない」

 モハド・ノラザンはそううそぶいた。

「ふざけるな!」

 エストラーダ艦長は怒鳴った。

 月を出発してからこの男を怒鳴ったのは何度目だろう。

 この男は有能な革命組織のリーダーという触れ込みで無理やりエラトステネスに乗艦してきたが根本的に人間として必要な何かが欠落しているとエストラーダは思った。

 きっとこの男の辞書には戦友とか仲間とかいう文字はないのだろう。

 しかし、エストラーダはわが身を振り返るのを忘れていた。

 彼もまた、無関係であるはずの金星の住民を平然と犠牲にしようとしていたのだから。


 サーシャは段ボール箱の中で息を潜めていた。

 先ほどは意識が遠のくほどの強烈なGを感じたが、それもなくなった。

 恐らく金星の重力圏を脱出し、さらに宇宙護衛艦エラトステネスの索敵範囲から逃れたことで加速を中止したのだろう。

 そろそろ行動を起こすときだが問題はユウジとハオユーが捕らえられていることだった。

 とりあえずサーシャは段ボール箱を手刀で突き破り箱から出た。

 嬉しいくらい身体が軽かった。

 自分の周りに他と比べ一回り大きな箱がさらに二つ置かれていた。

 装甲強化服が入った箱とレーザーライフルや特殊合金製の軍刀が入った箱だった。

 サーシャと彼女が使用する装備品の周りには整然と食料の入った段ボール箱が壁のように並べられ、荷崩れしないようにゴム製のベルトで床と壁に固定されていた。

「所詮偽装に過ぎないのに、ユウジとハオユーはきちんと仕事をしたんだな」

 サーシャは思わず微笑んだ。


「そろそろいいだろう」

 宇宙護衛艦エラトステネスはレーダーによる策敵範囲外に遠ざかっていた。

 ジョシュアの指示でハオユーは加速を中止し、大統領専用機アルテミスは慣性航行に移行した。

 月の人間に負担の少ない無重力状態になった。

「で、俺たちはどこまで連れて行かれるんだ?」

 火器管制担当者席に座ったままユウジはジョシュアに尋ねた。

 喉がカラカラで何か飲み物が欲しいなと思った。

「地球だ」

 ジョシュアの答は予想通りだった。

「よかったな。ハオユー、地球、行ってみたかったよな」

 ユウジはジョシュアの向こう側に座っているハオユーに声をかけた。

「よかない!」

 ハオユーの憮然とした声が返ってきた。

「しかし、何で月を脱出してすぐに地球に行かなかったんだ? わざわざ遠い金星まで逃げてくるなんて」

 ふてくされているハオユーを尻目にユウジはジョシュアと話を続けた。

「地球への進入コースを複数の警備艇にふさがれた。おまけに俺はまだ、アルテミスの操縦に慣れていなかった」

「じゃあ、また地球にはいけないんじゃないの? 当然今度も警備艇が邪魔すると思うけど」

「針路をふさいだ場合は、それが何隻であってもミサイルで破壊する。操縦にも慣れたし、もう容赦はしない」

「はあ、正直な受け答えありがとうございます」

 ユウジはげんなりした。

 今度は月軌道内で戦闘になるんだとあきらめに近い気持ちになった。

「射撃練習しておいた方がいいんじゃないのか?」

 ジョシュアが皮肉をこめて発言した。

「それもそうですけど、この船の主力武器はミサイルですよね。あと何発撃てるんですか?」

「知らん」

「知らんて……」

 ユウジは呆れた。

 きっとこの男は財布の中身を確かめずに買い物をするタイプだと思った。

 ユウジは火器管制システムでミサイルの残弾数を確認した。一〇発だけだった。

 そして別のことに気づいた。

「あのー、この機体、迎撃ミサイルしか積んでないみたいですけど」

「同じミサイルだ。敵艦をミサイルだと認識させれば攻撃可能だ」

 確かにそうかもしれないが射程距離も破壊力も攻撃用のミサイルとは比較にならないはずだった。

 ユウジの脳裏に月の軍隊に破壊されるアルテミスのビジョンが浮かんだ。

「すみません、なんかすごく疲れたんで、船室で休ませてくれませんか?」

 ユウジは額を指で押さえた。

「残念だが、まだ、だめだ」

「ちぇっ、けちんぼだね」

 にべもなく断ったジョシュアにハオユーが毒づいた。

「そう言えばさっきジョシュアさんは大統領の息子さんと聞きましたが」

 ユウジは今度はガラス越しに元大統領に話しかけた。

「ああ、そうだよ」

 元大統領は人の良さそうな笑みを浮かべた。

「正確には養子だ。俺は五歳まで養護施設にいた。その環境から救い出し普通の家庭の幸せを与えてくれたのは大統領だった。俺の恩人だ。だから、俺は俺の命に代えても大統領をお助けする」

 横でジョシュアが補足した。

「確かにすごく命を狙われてますよね」

 ユウジはジョシュアの『命に代えても』の部分に反応した。

「普通、体制側の軍人にまで命を狙われたりしないよね」

 ハオユーが案の定、ダメだしをした。

「貴様、口が過ぎるぞ」

 ジョシュアがうなるような怒声を発した。

「まあ、味方であるはずの国防大臣まで始末しちゃったんじゃ自業自得だけど」

 ハオユーがそれを無視してさらに言葉を続けた。

「そのように言われているようだが神に誓って国防大臣の死に私は関与していない」

 元大統領は激高するようなこともなく静かな口調だった。

「どうだか」

 ハオユーは両手を広げ肩をすくめた。

「君たちに嘘を言う必要があるかね」

 ふとユウジは父親の話を思い出した。

 父親のナグリ・ケンイチロウも大統領が国防大臣を始末するのはおかしいと言っていた。

 大統領が無関係だとすると、次に怪しいのは革命組織側の人間ということになる。

 『国防大臣処刑事件』で最も得をしたのは革命組織だからだ。

 他にも軍内部の権力闘争や個人的な恨み、単なる物取りなどの可能性はあったが、タイミングがタイミングなため、革命組織の関与が最もありうる話だと思った。

「国防大臣が亡くなられたのは、どこでですか?」

 ユウジは真実を知りたくなった。

「大統領官邸近くの路上だよ。レーザーライフルで撃たれたらしい」

 元大統領のライリー・アレンはレーザー銃を抱えながら言った。

「そういうやつですか?」

 ユウジはライリー・アレンの持っているレーザー銃を指し示した。

「ん? 私がこれで殺したわけじゃないぞ。殺害場所付近で犯人の目撃情報はなかった。かなり遠距離から狙撃されたらしい。私には、そんなスナイパーのような射撃能力はない」

 ライリー・アレンは慌てて説明した。

「あなたが処刑したという噂が流れたのはなぜです?」

「デモ隊への対応をめぐって対立していたからじゃないかな。私としては国防大臣は更迭するつもりだったんで殺す必要などまるでなかったんだが」

 ユウジの父親、ナグリ・ケンイチロウが語ったとおりだった。

 ユウジはライリー・アレンの目を覗き込んで尋ねた。

「それだけ?」

「ああ、彼の死の直後からネットワークに大量の書き込みがあってな。私が治安部隊に命じて反逆罪で国防大臣を処刑したと」

「否定しなかったんですか?」

「一応はしたがね。まるで信じてもらえなかった。人は信じたいものを信じるのさ。私は多くの人間の恨みを買っていたようだ」

「軍と革命組織が手を組んだいきさつはご存知ですか?」

「詳しくは知らない。軍の歩兵部隊の一部がデモ隊に加勢して治安部隊と戦闘を開始した。ネットワークのライブ放送で革命参加を促す放送が繰り返し行われ、結局ほとんどの軍組織が革命側についた」

 この男の失政で多くの人が苦しんだのは間違いないのだろうが、国防大臣の死に関しては陰謀のにおいがした。

 革命勢力は元大統領を捕らえ真実を追究するより、速やかに亡き者にしようとしていた。

 これは不自然なことのようにユウジには思えた。

 そして、革命組織の陰謀であるならば陰謀の片棒を担がされたと知ったとき、サーシャは悔やまないだろうか?

 俺なら嫌だとユウジは思った。

 それに、このライリー・アレンという男は現時点では統治者としての能力に欠けているのかもしれないが孤児のジョシュアを引き取った過去を考えると根っからの悪人というわけでもなさそうだった。

 もっとも人は変わるものなので、今も悪人ではないとは言い切れなかったが。

 中央コントロールルーム内の四人のやり取りは不意に響き渡ったアラート音で中断することになった。

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