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月の戦姫と金星の浮遊都市  作者: 川越トーマ
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朝のニュース

 耳障りなアラームが鳴っていた。

 白いTシャツに黒い短パン姿の若い男が薄い毛布を跳ね除けてベッドの上に座り込むと、ぼさぼさの黒髪をかきむしった。

 贅肉のない引き締まった身体ではあったが特に長身でも筋骨粒々でもなく、どこにでもいそうな中肉中背の男だった。浅黒く日焼けした肌の色艶は良く健康そうだ。

 起き抜けだということもあってか眠そうなぼんやりとした表情で温和な草食獣のようだった。

 彼の座っているベッドのすぐ横は窓になっていたが窓の外には青空も樹木も他の建物もなく、代わりにゆらゆらとゆれる大型の藻類と小さな魚の群れが見えた。

 数メートル上に位置する水面が陽の光できらきらと輝いていた。

 彼はベッドから起き上がると机の上の目覚まし時計を止めた。昔ながらのアナログ表示の時計は朝六時を示していた。

 彼は大きく伸びをし、ベッドと机そして洋服ダンスが床面積の大半を占める大して広くない自分の部屋を後にした。

 部屋を出ると廊下はなく広々としたリビング兼ダイニングルームだった。

 六人がけのダイニングテーブルと同じく六人がけの応接セット、大きなテレビモニターと観葉植物が置かれ、内装はナチュラルな淡い色合いに統一されていた。

 リビング兼ダイニングルームは部屋に囲まれ窓はなかったが、天井には太陽光をグラスファイバーで取り入れる器具が設置されており照明をつけなくても明るかった。

 男はテレビモニターのスイッチを入れ、コンピューターネットワークで配信されている最新の映像ニュースを自動再生するように設定した。

『月のルナ人民共和国では一週間ほど前にアレン政権が崩壊し、いまだ混乱が続いています。月では食糧配給の目処が立たないことから大規模な反政府デモがここ数ヶ月続いていましたが、治安警察部隊がデモ隊に発砲したことから本格的な武力衝突に発展、事実上の内戦状態に突入していました……』

「飯が食えないのはつらいよな」

 若い男はそう言いながらキッチンに向かい、食料庫からトマトとキュウリを取り出し、ぺティナイフで刻んで、サラダを作り始めた。

『治安警察部隊による対処が難しくなってきたため、ライリー・アレン大統領は人民軍を投入して反政府勢力を鎮圧しようとしましたが、国防大臣ウラジミール・ミリャは反政府組織に対する発砲を拒否しました。人民軍は人民を守るための軍隊であり、人民に銃を向けることはできないと言ったと伝えられています。その後、国防大臣ウラジミール・ミリャが自宅付近の路上で射殺死体で発見されると、大統領に処刑されたとの噂が広まり、人民軍が政府に叛旗を翻すという異常事態に発展しました……』

 ふとテレビモニターを見ると、ゴツゴツした岩のような雰囲気だが妙に温かみを感じさせる白髪を角刈りにした老人の姿が映っていた。テロップにウラジミール・ミリャ国防大臣とあった。

 画面が変わって、『おじいちゃん、おめめをあけて』と棺にすがりつく、お孫さんらしい小さな男の子と目元をハンカチでぬぐう老婦人の映像が映った。

「立派な国防大臣だったんだな……国防大臣といえば、おらが村の国防大臣様はまだ起きてこないな」

 若い男は大豆で作られた人造肉のミートパテを皿に切り分けると、昨晩調理したピラフも同じ皿に載せて電子レンジで温めはじめた。そして、自分の寝ていた部屋の隣に向かって大声で呼びかけた。

「おーい、親父、起きなくていいのか!」

『ライリー・アレン大統領は、二〇年前に宇宙開発のための国際機関、宇宙開発公社の管理下から月の独立を勝ち取った人物で、卓越した政治手腕を高く評価され、初代大統領に就任していました。現在では経済危機に陥っているルナ人民共和国ですが、二〇年前の独立当初は宇宙開発に必要な鉱物資源や核融合に必要なヘリウム3といったエネルギー資源により豊かな財政状況にありました。しかし、一〇年ほど前に宇宙開発公社が月に代わる資源採取の拠点とするため、豊富な鉱物資源を有する地球近傍小惑星を月軌道上の重力均衡点であるラグランジュポイントに設置するという一大プロジェクトを実行に移した結果、低コストで鉱物資源が供給されるようになり、月の経済を支えていた鉱物資源の市場価格は下落しました。鉱物資源の輸出が主要産業だったルナ人民共和国は徐々に財政が悪化、輸入に頼っていた食料価格が高騰することになり……』

 テレビモニターには、青い瞳、ウェーブのかかった銀色の髪の知性的で学者のような雰囲気を漂わせたライリー・アレン大統領の映像が映し出されていた。

 にこやかに民衆に手を振り、商品がふんだんに並べられた商店を視察している姿だった。

 若い男はミートパテとピラフの乗った二枚の皿の上にトマトとキュウリのサラダを盛り付けると六人がけのテーブルに運んだ。

「珍しいな、飯の時間に親父が起きてこないなんて……」

『最近のアレン大統領は側近たちに政治を任せきりにしており、自国の経済状態を正しく認識していなかったと伝えられています。商店には、平素、充分な量の食品が並んではいませんでしたが、アレン大統領が視察を兼ねて商店に赴く時に限り、役人が先回りして食品を陳列させ、多少食料価格は高騰しているものの、充分な量が配給されているという虚偽の情報を大統領に提供していた模様です。そのため、国民が危機的な飢餓状態に置かれているにもかかわらず、今年度の重点政策課題は文化・芸術振興、教育水準の向上であり……』

「親父……おい、どうしたんだよ!」

 若い男が自分の部屋の隣の部屋を開けると自分よりもひとまわり大きい筋肉質の男がベッドの上でうめいていた。

「ユウジか……腰が痛い。起き上がれない……」

 ユウジはげんなりした様子で頭を振ると、携帯端末を取り出して登録してあった連絡先に宛てて音声電話をかけた。

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