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月の戦姫と金星の浮遊都市  作者: 川越トーマ
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元大統領

「みんな心配しているだろうな」

 ユウジはぼんやりとつぶやいた。

 父親やグスタフ、マリアーノ、そしてニーナの顔が脳裏に浮かんだ。

「なんたって、今一番心配してるのは自分自身なんだけど」

 ハオユーが目を泳がせながらつぶやいた。

「最悪の場合、この宇宙船はルナ人民共和国の軍艦に破壊されちゃうんだよな」

 ユウジ達はわざと倉庫の中で大声でつぶやいていた。

 うまくするとダンボール箱の中にいるサーシャに聞こえるかもしれないと思ってのことだった。

「こうなると、この宇宙船が逃げおおせることを祈るばかりだよ」

「お前たちも死にたくはないだろう」

 ハオユーの発言を受けて例の男の声が聞こえてきた。

「あたりまえだ!」

 ユウジとハオユーは声をそろえた。

「では手伝え」

「へっ?」

「コントロールルームに上がって来い。船の中央だ。必要な扉のドアロックは解除する」


 大統領専用機アルテミスの中央コントロールルームは五メートル四方ほどの大きさで三名分のシートが設けられ、電子機器がびっしりと詰め込まれていた。

 各シートの前に設けられた大小のモニターには様々なデータがリアルタイムで表示されており、天井には全員が見ることのできる大型モニターが設置されていた。

 部屋の中央のシートには黒い肌、黒い瞳、クルーカットの黒い髪の巨漢がシートを思いっきりリクライニングさせて座っているのが見えた。

 身長は恐らく一九〇センチ前後、身長こそサーシャと同じくらいだったが、サーシャと違って肩幅が広くがっしりとした体型で大型肉食獣のような雰囲気を漂わせていた。

 金星の重力に適応できていない様子が窺え、二人がかりなら何とかなりそうな気もした。

「えぇと、おひとりですか?」

 返答次第では襲い掛かる気満々でユウジは黒い巨漢に声をかけた。

 男は重々しく首を振った。

「大統領、この者たちの監視を頼みます」

 黒い巨漢の視線を追うとコントロールルームの壁面の一部がガラス張りになっていて、ニュース映像で見たことのある顔がガラスの向こう側で豪華なリクライニングシートに体を横たえていた。

 長身で肌は白く、瞳は青く、髪の毛は銀色でウェーブがかかり、きれいに整えられていた。知性的で学者のような雰囲気が漂う初老の男だった。

「はじめまして、金星の諸君」

 ルナ人民共和国の元大統領ライリー・アレンは、リクライニングシートに体を横たえながら右手でレーザー銃を構え、左手でユウジとハオユーに向けて手を振っていた。

「こちらこそ」

 視線は外さずにユウジとハオユーはぺこりと頭を下げた。

「おかしな真似はしないでくれたまえ。私は誰も傷つけたくない。私はレーザー銃を持っている。この防弾ガラスはレーザー光線は通す。意味はわかるね」

「むかつくけど、よくわかった」

 ハオユーが元気よく答えた。


「では、まず自己紹介といこう。俺の名はジョシュア、大統領のボディガード兼パイロットだ。残念ながら俺も銃を持っている。で、お前たちは?」

 ジョシュアと名乗った男はゴツイ自動拳銃をちらつかせた。

「俺はリュウ・ハオユー。武器は持っていないが中国武術の達人だ」

 こいつ、ここでそういうハッタリをかますのかとユウジは内心頭を抱えた。

「俺の名はユウジ」

 面倒くさいことになりそうなのでユウジは苗字を名乗るのをやめた。

 交渉窓口のナグリ・ケンイチロウの息子だとバレて利用されるのはごめんだった。

「で、ハオユーにユウジ、単刀直入に聞こう。操縦の腕はどちらが上だ?」

「やっぱ、俺でしょう」

 ハオユーが元気に胸を張った。明らかにやけくそだった。

「ハオユーぅぅぅ」

 ユウジはコントロールルームに招き入れられた理由をようやく理解した。

 大統領専用機の定員五名のうち、操縦に携わる人間の定員はシートの様子から察するに三名。にもかかわらず現状1名しかいない。明らかに人手不足だ。

 そして、先ほどのユウジとハオユーの会話で二人が宇宙飛行士だとこのジョシュアとかいう男は勘違いしたのだろう。

 宇宙飛行士ではないと正直に話せば釈放される可能性も残っていたように思えたが、どうも、その可能性はハオユーが今の発言で完全に潰してしまったようだった。

「では副操縦席に座れ」

「念のため、宇宙服を着ておきたいんですけど」

 副操縦席に座ったハオユーがジョシュアに話しかけた。

 ユウジもハオユーもヘルメットを被り、小型軽量の酸素ボンベを背負っていたが、あくまでも金星大気用の装備でしかなく、宇宙空間で何か事故が起きればひとたまりもない。

 それに対し、ジョシュアもアレン元大統領も白い簡易宇宙服を着用していた。

「却下する」

 ジョシュアはにべもなかった。

「ずるいな。自分たちだけ」

「何とでも言え。もう一人は火器や策敵を担当してもらう」

「はぁ……別に俺たちにとっては敵じゃないんでルナ人民共和国の軍艦とか攻撃したくないんですけど」

 快く返事をしてやるつもりはなかった。ユウジはさも嫌そうに答えた。

「相手のミサイルを迎撃してくれるだけで構わない。しくじれば我々全員が死ぬだけだ」

「ユウジぃぃぃ」

 ハオユーが恨みがましい声を出した。

 ユウジは頭が痛くなった。何か腹立たしい。

 何が何でも八つ当たりしたい気分になってきた。

「そう言えば、ハオユー、退屈な日常とおさらばしたいって、この前言ってたよね」

「今、ここでそれを言う? 言うわけ?」

 二人が言い争い始めるのをジョシュアが冷ややかな目で眺めた。

「あきらめろ。マニュアルを渡す。直ちに読んで頭に叩き込め」

 火器管制システムは基本的にはレーダーや各種センサーと連動した自動照準、自動追尾だった。

 自動化されていないのは、どの敵を攻撃するのか、どの武器を発射するのかの意思決定くらいだった。

 これならまったくの素人であるユウジでも何とかなりそうだった。

「離陸時の操縦は私が行う。お前は私が合図したらシステムの指示に従って全力で加速しろ。そうすれば護衛艦から逃げ切れるだろう」

「すごい雑な指示だよな」

 ジョシュアの指示にハオユーが文句を言った。

「細かく指示したらできるのか?」

 ジョシュアが物凄い目でハオユーを睨んだ。

「ごめんなさい」

「相手が電磁誘導砲を撃ってきたら進路を変更しろ。そっちのお前はセンサーに電磁誘導砲の発射反応があったら大声で知らせろ」

 ジョシュアがもう少し丁寧に二人に指示した。

「でも変だよな。何で俺たちの協力が必要なんだ。自分たちでやったほうが確実だろうに。金星に来るときは二人でやったんだろう」

 ハオユーが不思議そうにつぶやいた。

「それは……」

 ジョシュアが口ごもった。

 するとガラス窓の向こうのアレン元大統領が口を挟んだ。

「一人で操縦すると、この艦の能力を充分に引き出せないからだよ。私が役に立たないからね」

「おっさん、それ自分で言う?」

 ハオユーがあきれたという表情でアレン元大統領に視線を送った。

「無礼者、黙っていろ!」

「いいんだ、ジョシュア。お前には迷惑をかけてすまないと思っている」

 ライリー・アレンは、とても極悪人には見えない優しい眼差しだった。

「いえ、滅相もありません」

「ジョシュア、そんな他人行儀にしないでくれ」

「あの~お二人は親戚かなんかですか?」

 ユウジは二人の間に流れる妙な空気が気になり思わず質問した。

「ジョシュアは私の息子だ」

 まるで似ていなかった。養子か何かだろうかとユウジは思った。

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