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月の戦姫と金星の浮遊都市  作者: 川越トーマ
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人質

「ごくろうだった」

 若い男の声が聞こえた。

 問題の三つの段ボール箱は何とかバレずに積み終わった。

 箱の大きさも重さも違うので不審がられるかと思ったが、幸いにして誰からも何も言われなかった。

 問題の箱は普通の食料の段ボール箱で取り囲んで隠してあった。

 本来であれば荷物の積み込み作業は人間が現場に立ち会って確認するものだが、恐らくサーシャ同様自由に動き回れる状況にないのだろう。

 また、金属探知機やエックス線によるチェックは空港側が行うもので宇宙船単位で行うものではなかった。

 念のため、例の段ボール箱には被曝回避用の薄い鉛のシートを張ってあったが、そこまで気を遣う必要もなかったようだ。

 ユウジとハオユーは目を見合わせて安堵の息を漏らした。

 食料品の段ボール箱が積み上がった倉庫を満足げに眺め、サーシャのことを思い出して、小さな声でつぶやいた。

「グッドラック」

 倉庫から出た瞬間二人が感じたのは妙な息苦しさだった。

 景色が微妙に変わっていた。

「あれ、入り口が閉まってるけど」

 通路の先に見えるはずのスロープと滑走路がなかった。

「どういうこと?」

 ハオユーの顔が青ざめた。

「補給物資の搬入作業は終わったんだ。外に出してくれ!」

 ユウジが叫んだが、すぐに返事は返ってこなかった。

 不気味な静寂が二人を包み込んだ。

「君たちにはこのまま人質になってもらう。これは保険だ。金星人が我々を裏切らないためのね。もし、水や食糧に毒を盛っていたり、食糧と一緒に爆発物を持ち込んでいたりした場合、人質には責任を取ってもらう」

 若い男の声が機内放送で流れてきた。

 とても静かで淡々とした語り口だった。

 立ち会っての荷物検査ができない代わりにとんでもないセキュリティをかけてきた。

「ユウジ、すごくやばいよ」

 爆発物は持ち込んでいなかったがサーシャという名の危険物は持ち込んでしまっていた。

「ハオユー、そう言えば以前から宇宙船に乗って地球に行きたいって言ってたよね」

「言ったけど。こういうのはダメ」

 ユウジの乾いた冗談にハオユーは弱々しく反論した。 


 グスタフとマリアーノの目の前で大統領専用機の物資搬入口のスロープがゆっくりと閉じ始めた。

「ユウジとハオユーはどうした?」

 滑走路に佇むグスタフの携帯端末にナグリ治安・防災委員長からの連絡が入った。

「まだ、帰ってない。あの中だ」

 グスタフが呆然としながら答えた。

「まさか!」

 管制室のナグリ・ケンイチロウは、慌てて大統領専用機アルテミスとの通信回線を開いた。

「大統領専用機に告げる。補給作業に携わったビーナスシティの住民がそちらの機内に残っているはずだ! 速やかに解放しろ!」

 返事はすぐには返ってこなかったが、間をおいて若い男の声が冷たく告げた。

「彼らは我々の安全を確保するための人質になってもらう。これは君たちが我々を裏切らないための保険だ。もし、水や食糧に毒をもっていたり、食糧と一緒に爆発物を持ち込んでいたりした場合、責任は人質が取ることになるだろう」

「裏切るのか! 君たちの要求には応じたはずだ!」

 ナグリ・ケンイチロウは腰の痛みを忘れて叫んだ。

「我々が安全なら君たちの市民も無事だ。彼らは地球で釈放する」

「何を言うか!」

 相手を脅迫するような人間はいったん要求に応じるとその要求をどんどんエスカレートさせると言っていたンガビ食料委員長の言葉がケンイチロウの脳裏に蘇った。

 そのンガビ委員長は、ケンイチロウの横で眉間にしわを寄せ、目を閉じて首を振っていた。

「大統領専用機はまもなく発進する」

 若い男の声が通信機から聞こえてきた。

 セルゲイ・チェレンコフが拳で壁を殴る鈍い音が管制室内に響いた。

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