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月の戦姫と金星の浮遊都市  作者: 川越トーマ
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搬入作業

「遅いぞ。お前ら!」

 ユウジとハオユーがサーシャの入ったダンボール箱を台車で運んでいると、現場作業のリーダーを押し付けられた地表探査船の船長グスタフ・エンゲルスが、遠くの方から不機嫌そうに声をかけてきた。

 相変わらず大きな声だ。彼は給水ホースを大統領専用機のバルブに取り付けているところだった。

 空港の滑走路内は金星の外気に接しているため二酸化炭素の濃度が異常に高い。

 中毒を起こさないようにするために作業しているユウジもハオユーもグスタフも、顔全体を覆うヘルメットを被り、背中には小型軽量の酸素ボンベを背負っていた。

「すみませ~ん!」

 ユウジとハオユーは冷や汗をかいた。

 ここでグスタフにばれたら大変なことになる。

 幸い距離があるので妙に大きい怪しい段ボール箱には気づいていなかった。

「大変だったら、手伝おうか!」

「やめてよ。普段はそんなこと言わないくせに」

 ハオユーが小声で毒づいた。

「いえ、大丈夫で~す! 食糧はどこに入れればいいですか!」

 ユウジはとぼけて台車を押し続けた。

「機体の後ろの物資搬入口だ! スロープになってる!」

 空港の中にグスタフの大声が響いた。

「わかりました! ありがとうございます!」

 ユウジは歩みを速めた。できるだけグスタフ・エンゲルスから離れたかった。

「おーい、マリアーノ! 接続完了だ! バルブ開けろ!」

 グスタフ・エンゲルスはユウジたちとは反対側を向いて、相棒のマリアーノ・バルティーニに声をかけた。

「まったく、寿命が縮まるよ」

 ハオユーがつぶやいた。

「とりあえず第一関門クリアーかな」

 ユウジは額の汗をぬぐいながら言った。

 そして第二関門はすぐにやってきた。

 物資搬入口はただのスロープで人力で荷物を押し上げなくてはならなかった。

 グスタフやマリアーノの応援を頼むわけにもいかず、段ボール箱を落として中身をぶちまけるわけにもいかなかった。

 サーシャの入ったダンボール箱の周りを食糧の入った箱で囲んであり、台車に搭載した荷物の総重量は二〇〇キロを軽く超えていた。

 平坦な場所ならともかく坂道はきつかった。

「ユウジ、後で絶対メシをおごってくれ」

「わかった」

 スロープを上がりきったところで思わず一息ついた。

 機内から空港の様子を見ると滑走路に斜めに停まっていることが改めてはっきりわかる景色だった。

「しかし、なんてへたくそな停め方なんだろうね、滑走路に引いてある線の意味がまるでわかってないよね」

 ハオユーは少し元気を取り戻したようだった。普段の毒舌が戻ってきた。

「未来の宇宙飛行士としてはがまんできないってところか?」

「そのとおり」

 ユウジの言葉にハオユーはエッヘンと胸を張った。

「停め方が下手で悪かったな」

 突然、機内放送で若い男の声が聞こえてきた。

 よく響く、そして横柄な感じのする声だった。

「えっ? なになに?」

 ハオユーが慌てた。

「こちらの会話は全てモニターされているのか」

 ユウジはつぶやいた。

「音声だけじゃない。映像もモニターしている。部外者を監視もなく機内に引き入れるわけがないだろう。おかしな真似はしないことだ」

 男の声が返ってきた。

 最後の関門だった。

 この男に怪しまれないように問題の三つの段ボール箱を機内に置かなくてはならない。

 ユウジはキョロキョロと周囲を見回したがテレビカメラやマイクの設置場所はわからなかった。

 これでは死角をつくこともできない。

「すぐにわかるようなところに監視用の機器が設置してあるわけがないだろ。ところで、お前たちは宇宙飛行士の卵か?」

 意表をつく質問だった。

「実力的には立派に宇宙飛行士だ。就職口に空きがないだけだ。なぁ、ユウジ」

 立ち直ったハオユーが大風呂敷を広げた。

 実際には金星と地球を往復している定期船のキャプテンに頼み込んで何度か操縦席を見学しただけだった。

 強いて言えばコンピューターシミュレーションゲーム『ぼくらは宇宙飛行士』をユウジもハオユーもやりこんでいた。

「う、まあね」

「そうか、食料は突き当たりの右側の部屋に運び込め。離陸後、艦尾方向に加速による擬似重力が発生する。荷物は艦尾側の壁に寄せて固定しろ」

「わかった」

 ユウジとハオユーは声をそろえた。

 ユウジもとても嫌な予感がし始めた。


「作業は順調なようだな」

 管制室のナグリ・ケンイチロウは空港で作業しているグスタフ・エンゲルスに携帯端末で呼びかけた。

「ええ。水の補給作業は完了しています。食料のほうも先ほど三回目の搬入作業があり、これで最後だとユウジ達は言っていました」

 グスタフとマリアーノは給水用のホースを片付け終わり、滑走路上に佇んでユウジとハオユーが大統領専用機から戻ってくるのを待っていた。

「このまま何事もなく終わればいいんですけどね」

 もじゃもじゃ頭のやせて背の高いマリアーノが、ヒグマのようにがっしりした体型のグスタフに話しかけた。

「終わるだろう。多分」

 グスタフは『不吉なことを言うなよ』とマリアーノを非難の目で見た。


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