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月の戦姫と金星の浮遊都市  作者: 川越トーマ
15/27

共謀

「駄目! 絶対、駄目だね。」

 ユウジは電子メールで『相談がある』と病院にハオユーを呼び出した。

 サーシャを病室に戻すと伝えたのでニーナも病院にやってきていた。

「ユウジ、絶対あの女に騙されてる。お兄さんの敵討ちの話もほんとかどうかはわからない。ニーナもそう思うだろ」

 ハオユーの反応はユウジの予想通りだった。説得するのは骨が折れそうだった。

「うー」

 ハオユーに同意を求められてニーナはうなった。

 大統領専用機が出て行けば金星の衛星軌道を周回している軍艦はサーシャを置きざりにして大統領専用機を追跡するだろう。

 そうしたら、サーシャはしばらくの間、金星に残ることになるとニーナは思った。

「あれっ、ニーナの反応がおかしい」

 ハオユーは困惑した。

 想定した反応がニーナから返ってこなかったからだった。

 常識派のニーナがサーシャの考えに賛同するとは思えなかった。

 『あぶないからやめさせる』それがニーナらしい反応だった。

「あの人がそう望んでるんなら、望みを叶えてあげてもいいんじゃないかしら」

 やがてニーナはすました顔でそういった。

「ありがとう、ニーナ」

 説得しなければならない相手が一人減って、ユウジはホッとした。

「どうしたんだ、ニーナ? すごく変だぞ!」

 ハオユーにしてみればニーナの発言は普段の言動からはまるで想像のつかないものだった。

「ハオユー、うるさい!」

「はう」

 ニーナにぴしゃりと言われ、ハオユーは意味不明の声を出しながらへこんだ。

「ハオユー頼む」

 サーシャがハオユーをじっと見つめながら頼んだ。

「ハオユーも協力してくれるだろ」

 ユウジが珍しくいたずら小僧のような表情でハオユーの目を覗き込んだ。

「はあぁぁ、わかった。好きにしろ」

 ハオユーはそっぽを向きながら答えた。

 ユウジだけならともかくニーナまで敵に回して反対し続ける気持ちはハオユーにはなかった。

 ユウジは満足そうにうなづくとサーシャに向き直った。

「君の計画に協力する代わりに、いくつか条件がある」

「聞こう」

 サーシャは真剣なまなざしでうなづいた。

「まず、自分の命を粗末にしないこと」

 ユウジの言葉を聞きながら、ニーナはどんな顔をしていいのかわからなくなった。

「わかった。それが一番目の条件か」

 サーシャの返事を聞き、ユウジは大きくうなづきながら言葉を続けた。

「次に我々の安全に配慮し、金星の重力圏内では積極的な行動を慎むこと」

「約束しよう」

 金星の重力の影響を受けていては約束しなくても積極的な行動はできないとサーシャは思った。

「俺からは以上だ。ハオユーやニーナはなんかある?」

 ハオユーはふてくされたように黙って首を振った。

 ニーナは困惑したようなしぐさを見せたが、結局はプルプルと首を振った。


「ユウジか?」

 家に帰ると、父親のケンイチロウが自分の部屋から声をかけてきた。

「ただいま」

 ユウジが様子を見るためにケンイチロウの部屋を覗くと、やはり父親はベッドに横たわったままだった。

「かぐや姫はどうだった」

「ん? サーシャさんのこと? 元気そうだったよ。かぐや姫ってどういう意味?」

「俺の故郷の昔話に出てくるお姫様だ。月からやってきたことになっている」

『そして、かぐや姫は世話になったおじいさんとおばあさんを地球に残して、軍隊と一緒に月に帰ってしまうのさ』とケンイチロウは心の中で補足した。

「ふーん」

「悔しがっていなかったか?」

「何を?」

「命の危険を冒してまで敵を追いかけてきたのに任務をまるで果たせない状況だからだ」

 ユウジは内心『するどい』と思ったが、とぼけることにした。

「どうなんだろ? 親父は何でそう思ったの?」

「俺も似たような状況だからな」

「そうだね」

 滅多にない非常事態なのに、たまたまぎっくり腰でまるで活躍できないのは、確かに口惜しいだろうとユウジは思った。

「恐らく大統領一行も同じような状況なんだろうな」

「立ち上がって動き回れないってこと? じゃあ、食糧搬入のどさくさにまぎれて、ビーナスシティの若い衆で大統領専用機に突入すれば勝てるんじゃない?」

 そうすればサーシャも危険な目に遭わずにすむとユウジは思った。

「我々と話ができるということは機械は操作できるということだ。ミサイルやレーザー砲には勝てないよ」

「そうか……」

 確かにそうだよなとユウジはうなづいた。

「それに大統領を捕らえたとして、どうするんだ?」

ユウジには父親の質問の意図がわからなかった。

「えっ? 大悪党なんでしょ?」

「サーシャさんに処刑させるのか? 彼女たちは本当に正しいのか?」

「処刑させるかどうかは別として、男子としては普通美人の味方でしょ?」

 ケンイチロウはやれやれと首を振った。

「亡命しておきながら脅しをかけてくるのは気に入らないが、死をもって償うべき罪人なのかな彼らは?」

「悪くなければこんな目にあってないんじゃないの?」

「確かに罪人ではあるだろう。だが、今の状況で公正な裁判は期待できないだろう? おまけに彼女たちは裁判にもかけず処刑する気のようだし」

「うーん」

「それにアレン元大統領の罪状として国防大臣を殺したというのがあっただろう?」

「ニュースでそんなことを言ってた気がする」

「おかしかないか?」

「なんで?」

「大統領が国防大臣を殺す必要がない。気に入らなければ更迭してイエスマンを後任に充てればいい」

「ついカッとしてとか、手続き踏んだら間に合わないとか」

「大統領になるほどの人間だ。そこらのチンピラじゃあるまいし。それに結果として国防大臣処刑説のおかげで人民軍が革命組織につき、革命が短期間で成功した。実は昔地球でも似たような事件があってな。いろんな疑惑が取り沙汰されたが未だに真相は歴史の闇の中だ。」

「ルナ人民共和国のケースも何かの陰謀ってこと?」

「わからない。なんにせよ元大統領一行には、おとなしく出て行ってもらうのが一番だ」

 ケンイチロウの話を聞きながら、ビーナスシティのお偉いさんたちに内緒でサーシャの要望に応えようとしている自分に罪悪感を感じたが、もう後戻りはできないとユウジは思った。

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