内紛
「ミス・グリンベルクからその後の連絡は?」
宇宙護衛艦エラトステネス艦長アントニオ・エストラーダ少佐は猛禽類のような鋭い眼光を副長席に座る髭面の肥満した男に向けた。
「金星の浮遊都市は亡命者を受け入れない方針らしい」
モハド・ノラザンは、その異様にぎらついた目を携帯端末に向けたままだった。
「それは何よりだ」
「まあ、人民の敵アレンがおとなしく従うのかという問題はあるがね」
ノラザンの口調に皮肉な響きがこもった。
「その場合、浮遊都市の代表者に、我々の軍事行動を認めてもらえばいいでしょう」
操縦席に座っていた副長のキム・ギソン大尉が口を挟んだ。
宇宙護衛艦エラトステネスは金星の周回軌道に乗り自動操縦に切り替えていた。
「そうなったら、このエラトステネスの出番はなくなるな。浮遊都市に上陸しての戦闘が必要ということになれば、強襲揚陸艦の装甲歩兵部隊が来るまで大気圏突入能力のないこの船の乗員は手も足も出ないだろうから」
モハド・ノラザンの言葉にはエストラーダ艦長に対する明白な悪意がこめられていた。
中央コントロールルーム内に不穏な空気が漂った。
特に副操縦士のリヒャルト・ベッカー少尉はノラザンにあからさまな憎悪の視線を向けていた。
まだ少年の面影を残す生真面目な彼にとってノラザンのような態度をとる人間は許せなかった。
一瞬の気まずい沈黙の後、エストラーダ艦長は鋭い視線を向けながらノラザンに言葉を返した。
「装甲歩兵といえば装甲歩兵の装備一式をもって降下したミス・グリンベルクは今後どうするつもりなんだ? 金星の重力に適応できず寝たきりなんだろ?」
エストラーダ艦長の声にはノラザンに負けず劣らない皮肉と悪意がこもっていた。
「同志グリンベルグは勇気ある行動で我々に貴重な情報を送ってきてくれている」
ノラザンに動じる気配はなかった。
「彼女がいることを敵は気づいているんでしょうか?」
悪意に満ちた雰囲気に耐えられず、策敵補助と通信を担当するシンディー・キャンベル少尉が強引に話題を変えた。
彼女は燃えるよう赤毛を短く切りそろえたグラマラスな女性士官だった。
「それを判断できる情報はないな」
ノラザンはそう言いながら、サーシャに送る指令を考えていた。
彼は人民軍に全てを任せ、傍観者になるつもりは毛頭なかった。
元大統領は速やかに抹殺する必要があった。
そのためには援軍の到着を待っているわけにはいかない。
最も望ましいのはサーシャが元大統領を始末してくれることだと考えていた。




