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月の戦姫と金星の浮遊都市  作者: 川越トーマ
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遭遇

「滑走路を見事にふさぎやがって! 邪魔でしょうがないな!」

 デルタ翼の宇宙船は全長八〇メートルほどで白銀に輝いていた。

 迷惑なことに滑走路の中央に斜めに着陸していた。

 ビーナスシティの空港は一五〇〇メートル級の滑走路一本しかなく、それがドームの居住区の下部を突き抜けるように設けられていた。

 普段、滑走路を使用していたのは地表探査船のアノマロカリスと、金星と地球を定期的に往復する連絡船だけだった。

 普通空港といえば事故防止のために管制官が離着陸をコントロールするものだが、使用頻度があまりに低いため、常勤の管制官はいなかった。

 連絡船が来るときに限り、商工業委員長のレイラ・ファウという女性が非常勤で管制官を務めることになっていた。

 グスタフは毒づきながら器用にアノマロカリスを操り、短い距離で急激に減速すると滑走路の横に設けられた探査船アノマロカリス専用ドックに入っていった。

 アノマロカリスは脱出カプセルを大事に抱えたままドックに入るとマリアーノは遠隔操作でドックのゲートをあわてて閉めた。

 デルタ翼の宇宙船に脱出カプセルを見られるといろいろ面倒なことになりそうな予感がしたからだった。

 幸い、デルタ翼の宇宙船が止まっていた場所とアノマロカリス専用ドックは二〇〇メートルほど離れていた。

「二人は船外作業服を着用の上、生存者の確認を行え」

「えっ、俺たちが行くの?」

 グスタフの言葉にハオユーがびっくりした様子を見せた。

「当然だろ」

 船長席から立ち上がったグスタフは目を細めてハオユーを見下ろした。

 船長の言葉にハオユーは不満そうに頬を膨らませた。

「船長は?」

「船外モニターでおまえたちのことを温かく見守っててやる」

 ハオユーは、まだぶつぶつと何か口の中で不満をつぶやいていたが、ユウジはすぐに気持ちを切り替えていた。

「要救助者に負傷や感染症の可能性があります。防疫と救護のため、ラクロワ先生への連絡をお願いします」

「わかった」

 グスタフは鷹揚にうなずいた。


「俺の見た昔のアニメだと脱出カプセルに乗っているのは、絶世の美女なんだけどな」

 ユウジは船外作業服に着替え、ハオユーとともに脱出カプセルに向かっていた。

「俺の見た昔の映画じゃ、遭難した宇宙船に潜んでいるのは恐ろしいエイリアンで次々に人間を襲って食っちまうんだけど」

 ハオユーが不機嫌そうに言葉を返した。

「きれいな女の子だといいよな。毛むくじゃらのおっさんとかじゃなく」

 ユウジはなおも女の子との出会いにこだわった。

 人口の少ないビーナスシティでは住民はすべて顔見知りといってもいい状況だった。

 ユウジとハオユーのような一〇代後半の若者は三〇人程度しかおらず、同じ年齢の人間にいたってはユウジ、ハオユー、ニーナの三人しかいなかった。

 新鮮な出会いを夢見るのは自然なことでもあった。

「おとぎ話じゃあるまいし、そんなに簡単にお姫様と出会ったりしないって。せめてエイリアンとか殺人ロボットとか出てこなければ御の字だね」

 ユウジが期待に胸を膨らませるのとは対照的にハオユーは悲観的だった。

 二人がそれぞれの思いを胸に直径二メートルの脱出カプセルの周囲を点検すると開閉用のスイッチらしきものがあった。

 ユウジは何も考えずにいきなりスイッチをひねってみた。

「うわっ、いったい何するの、ユウジ!」

 カプセルの扉が開き、白い冷気が流れ出てきた。

「ひっ!」

 白い冷気の中に巨大な影がゆっくりと立ち上がりカプセルから出てきた。

 中世の甲冑かロボットのような姿だった。

 見上げるような大きさの影はカプセルから離れ、後ずさりするユウジとハオユーに近づきながら二、三歩歩くと横倒しに倒れた。

 そして仰向けになり動きを止めた。

「戦闘用ロボットね。早く避難した方がいいよ」

 ハオユーが、なおも後ずさろうとしていたがユウジは倒れた人影に近寄った。

「装甲宇宙服だよ。着ているのは人間だ……」

 装甲宇宙服のヘルメットの中には白磁の人形のように目鼻立ちの整った女性の顔があった。

「きれいな人だ」

 ユウジは思わずつぶやいた。ハオユーも近づくと目を丸くした。

「お姫様キター!……ん? まてまて、ちょっと、でかくない? このお姫様……身長一七〇センチの俺より頭ひとつ分でかいような気がするんだけど」

 確かにさっき歩いていたのは自分たちより一回り大きな巨人だった。

 横たわっている姿も確かに大きかった。


 ユウジとハオユーはゼイゼイ言いながら、装甲宇宙服を着用した若い女性を港のひとつ上のフロアに設けられた検疫所兼医務室に運びこんだ。

 船外作業服にもバッテリー駆動のパワーアシストシステムがついていたが、装甲宇宙服は異常に重く、二人は大汗をかくことになった。

 ラクロワ医師と娘のニーナが感染防護服姿で到着すると、紫外線や何やら良くわからないガスで装甲宇宙服の女性のみならず、船外作業服姿のユウジやハオユーも殺菌消毒された。

「悪いけど、二人で、この鎧みたいなの外してくれる?」

「わかった」

 ニーナの求めに応じて、ユウジとハオユーは悪戦苦闘の末、やたらと重いパワーアシスト付きの装甲部分を外した。

 女性は白い簡易宇宙服姿になった。

 さらに殺菌と消毒。

 ニーナが女性のヘルメットを外すと、肩のところで切りそろえられた薄茶色の髪がこぼれた。

 白磁でできた人形の様に整った顔は軽く目を閉じていて眠っているようにも見えた。

「それにしても背が高いな」

 ハオユーがつぶやいた。

 装甲宇宙服のせいで大きいのかとも思ったが身長も一九〇センチくらいありそうだった。

「すごくスリムで、スタイルがいいわよね」

 ニーナがうらやましそうにつぶやいた。

「具合でも悪いのかな?」

 ユウジが心配そうに言った。

 その瞬間、女性のまぶたが開き、澄んだブルーの瞳が現れた。

「怪我はしていないし、病気でもない……救助してくれて感謝する」

 ユウジは思わず船外作業服のヘルメットを脱いだ。

「あっ、ダメだってば、ユウジくん。まだ、バイタルチェック終わってないし、感染症の危険がなくなったわけじゃ……」

 ニーナが慌てて制止しようとした。

「あっ、そうか、ごめん、ニーナ」

 ユウジはそういいながらもヘルメットを小脇に抱え、背筋を伸ばした。

 ヘルメットを被りなおすつもりはユウジにはなかった。

「俺はナグリ・ユウジ。こいつはリュウ・ハオユー。この娘はニーナ・ラクロワ。そして、ドクターのアレクサンドル・ラクロワ先生。ビーナスシティにようこそ。君の名は?」

「ちょっと、ユウジ。自己紹介とかしている場合じゃないと思うけど。」

 ヘルメット姿のハオユーがユウジを小突いた。

「そうか?」

「あんたはいったい何者で、いったいここに何しに来たんだ?」

 ハオユーが詰問口調で訊ねた。

「私の名はサーシャ。サーシャ・グリンベルグ。逃走を図った人民の敵ライリー・アレン元大統領を捕らえに来た月の革命組織の者だ」

「そうか月から来たのか、月の人間は低重力の影響で背の高い人間が多いと聞いていたが、きっと彼女も月では標準的な体格なのだろう。」

 ラクロワ医師が納得したように言った。

「で病気じゃないんなら何で倒れたんだ?」

 ハオユーは詰問を続けた。

「単なる立ちくらみだ。」

「なんだ、貧血? 低血圧? それって体弱すぎでしょ!」

「ハオユーくん。彼女はここの六分の一の重力しかない月から来たんだ。仕方ないだろう」

「そのとおり、すぐに慣れるはずだ」

 ラクロワのフォローを受けてサーシャは感情を感じさせない落ち着いた声で言葉を返した。

「いや残念ながらすぐには慣れないと思うよ。しばらく安静だな」

「えっ?」

 ラクロワが無情に宣言すると、サーシャは初めて無表情だった顔に狼狽の色を浮かべた。


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