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月の戦姫と金星の浮遊都市  作者: 川越トーマ
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プロローグ

 月の地下は高層ビルの建ち並ぶ大都市だった。

 異なる高さにモノレールが何本も設置され地上には時折水素自動車が走る姿が見えた。

 派手な広告に彩られた高層ビル群の内側は、地味な建物が並ぶ行政区画になっており、行政庁のビルと議事堂、そして、周囲の建物とは別格の雰囲気を漂わせる白亜の宮殿のような二階建ての大統領官邸が建っていた。

 普段は優美で物静かな大統領官邸は、このとき武装した兵士や市民に取り囲まれ物々しい雰囲気に包まれていた。

 大統領官邸の玄関ホールに建物の外から暴徒鎮圧用の音響閃光弾スタングレネードが投げ込まれ激しい閃光と爆発音が建物の外まで漏れてきた。

 直後、赤いスカーフを首に巻いた革命組織の戦士と砂色の軍服を着た人民軍兵士、併せて十数人が完全武装で建物内に突入した。

 玄関ホールは約三〇メートル四方の絨毯敷きで、革張りの応接セットが四セット、ホールの中央奥寄りに横一列に並んでいた。

 応接セットと応接セットの間には巨大な観葉植物の鉢植えが衝立の様に置かれ、正面奥の壁一面には聖母マリアが大勢の天使に囲まれて昇天していく様子を描いたルーベンスの宗教画の複製が飾られていた。

 音響閃光弾の爆発の衝撃で、ほこりが立ちこめる中、複数の観葉植物の鉢植えの陰からレーザー光が何本も煌き、最初に突入した若い人民軍兵士に襲い掛かった。

 彼は砂色の軍服の胴体部分を真っ黒く炭化させ、スローモーションのようにゆっくりと倒れた。重力の弱い月の上では物の落下は緩慢だった。

 観葉植物の陰に紺色の制服に身を包みゴーグル付のヘルメットをかぶった数人の治安警察官の姿が見え隠れしていた。音響閃光弾が使用されることを予想していたようで、戦闘能力を喪失した者はいないようだった。

 突入部隊が思わぬ反撃に混乱する中、ほっそりした革命組織の戦士がレーザー光の発射された複数の場所に向かって機械のような正確さで矢継ぎ早にレーザーライフルの光の銃弾を撃ち込んだ。

 観葉植物の鉢植えが次々に倒れ四人の治安警察官が床の上に転がった。

 肉の焼け焦げる嫌な臭いが周囲に立ち込め突入部隊の他のメンバーは顔をしかめた。

 彼らは大声で声を掛け合いながら自らの士気を鼓舞すると足音荒く官邸の主を探しに左右に散っていった。

 一瞬のうちに四人の治安警察官を撃ち倒した恐るべき射撃手は、突入部隊ただ一人の女性戦士だった。

 彼女は目鼻立ちが整い、白磁でできた人形のように美しかった。

 強い光の宿る瞳は青く、髪は薄茶色で肩の高さに切りそろえられたストレートヘア、手足がスラリと長くモデルのような体形だったが全身に活力が漲り弱々しさは感じさせなかった。

 両手でレーザーライフルを構え、人民軍を思わせる砂色のつなぎに革命組織のメンバーであることを示す赤いスカーフを首に巻いていた。

「同志グリンベルク、人民の敵ライリー・アレン大統領は見つかったか?」

 彼女が頭につけたヘッドセットから低くかすれた男の声がもれてきた。

 声の主の背後で怒号が飛び交っているのを彼女はかすかに聞いた。声の調子や単語から推測するに複数の軍人が声の主の近くにいるらしかった。

「いえ、同志ノラザン、まだです」

 レーザーライフルを油断なく身構え周囲に視線を走らせながら彼女は答えた。

 声はクリアで低く、落ち着いていた。

「ライリー・アレンがそこにいなかったら君はそこにいるルナ救国戦線の他のメンバーと共に直ちに宇宙港に急行しろ。私もこれから宇宙港に向かう」

「わかりました。ここにライリー・アレンがいなかったら宇宙港に向かいます。しかし、なぜです?」

 彼女は無表情に答えた。

「大統領専用機が管制官の指示を無視して、つい先ほど発進した。大統領本人が乗っている可能性が高い」

 相手の声からは苦々しげな表情が想像できた。

 それまで無表情だった彼女の眉が微かに上がった。


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