第6話 白菊
傭兵には1人で依頼を受ける者、少人数で組み依頼を受ける者達、または1つの団として大人数で依頼を受ける者達がいる。
団として生きる者達は皆、優れた連携を取り、時にはその仲間を失いながらも力強く家族のように固い絆で結ばれていた。
俺が今見ている夢の中の傭兵団も御多分に洩れず、高い団結力を誇っていた。そしてその隊長は凛々しい女性であり見事に統率を取っていた。
その美しさは目を惹くものがあったが、今日の彼女の顔は少し虚ろげで物悲しい表情が浮かんでいた。
その団はとある依頼を受けたことにより壊滅に追い込まれることとなった。生き残った団員達は散り散りになりもう一度団結することはなかった。
生き残った者達を逃がすために鬼神の如く戦った、その女だけが取り残された。
戦場で捕らえられた女は死ぬまで辱められ、価値がなくなったと判断されるとすぐさま捨てられるのが定石だ。この女もそうなるのが関の山であろう。いや、そうなるのは必至と言っていい。命をかけた戦いを繰り広げる男達が女を放っておくことはない。
しかし彼女は危険だとして数日後には死刑台に乗せられた。白菊も生けられてしまえばただの被鑑賞物だ。大勢の前で首を跳ねられてしまうのが目に見えている。彼女はその白い肌が己の血で染まるのを自身の首から見るのだろう。
だがそうはならなかった。だから俺の前に立っている。
「おはようございます、エレナ先生。鍵はかけておいたんですが…」
彼女は俺の挨拶を返さない。理由は1つだろう。
「見たんですね…」
見たのではなく見えたのだとでも言ってやろうかと思ったが、彼女の顔を見てやめた。
「私はあの後首を跳ねられました。」
今なんと……?そんな表情が彼女に伝わったのだろう。淡々と自身の過去を話し始めた。
「私はあの時死んだのです。その後体温が下がらぬうちに死した体を辱められました。絶好の獲物だったのでしょうね。女に飢えた獣達には生きてようが死んでようがそれは些細な問題だったのでしょう。陰部だけでなく不浄の穴も、更には口まで。全て生前私が経験したことがなかったことです。」
空いた口が塞がらない。何を言っているんだこいつは。だって目の前の女の首は繋がっているではないか。接合された後も見当たらない。しかも首と身体が分離した人間を戻すようなことなど……
「ネクロマンスか。」
彼女はコクリと首を縦に振る。なるほど。あの爺さんならやりかねん。
ここまで来て俺の中で何か歯車があった音がした。ネクロマンスには何か依り代が必要だ。師匠の事だ。恐らく身体そのものは完璧に復元できるだろう。それを元に長く魂を留まらせることは出来る。だがこの世に魂を定着させるレベルのものを作ろうとするのはそれこそ神でさえも不可能だろう。それ故にネクロマンスは一時的なのだ。ならば彼女がここにいるのは何故か。依り代は。
「俺か。」
ライフリンクなど生ぬるいものでは無い。こいつは俺によって生かされている。俺が彼女の魂そのものと言っても過言ではない。こんな……
「こんな馬鹿なことがあってたまるか。俺みたいな人殺しが君のような気高い人間の依り代でいいはずがない!見ただろう!俺の過去を!こんな人間が!」
「人殺しなんてこの世界では当たり前にあることでしょう!そういうことを生業としているのです!それに貴方のあの笑みだって愉悦ではなく自嘲のはずです!貴方は優しい人です!私は貴方と1つになってとても誇りに思う!だからこそ!」
俺の叫びは彼女の涙混じりの叫びによって遮られた。これじゃ喧嘩だ。あぁ……この学園に勤めて数ヶ月で何回喧嘩してんだよ……一回目はあっちから吹っかけられたっけ。熱い女だな全く……
「だからこそ……貴方にあの夢の続きを見て欲しくなかった。私の身体の記憶を見て欲しくなかった……」
鍵を壊してまで入ってきた理由はこれか。なるほどな。嗚咽混じりのその声を俯きながら耳に入れる。あぁ……そんな声を出すな……もう分かったから……もう折れたから……
もう大丈夫だからとそっと彼女の腕を引く。ベッドに座ったままの俺の方へ。抵抗は感じない。力が入らないのか、それとも……いや考えるのは無粋か。ギシリとベッドのスプリングが鳴いた。
もう彼女の息がかかる距離だ。まだ嗚咽が止まないらしい。温かい息がかかる。俺の鼓動は彼女に聞こえていないだろうか……初夜を迎える生娘のようなこの鼓動が……
俺の心配が杞憂だとでも言うように、更にこうなるのが必然であったように2つの唇が重なる。男は離さないと、女は離れないと心を交わしながら。
熱く唇を重ね合う2人の姿を、昇る朝日が照らし続けていた。