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第5話 杞憂

「ほう…」

昨晩のことを話すと校長は神妙な顔になった。いや顔と言っていいのかは分からないが、その仮面の裏にも同じ表情が浮かんでいるのは確かだろう。

「様々なことを経験してきたつもりでしたが…こんなことはありませんでした。人が傷を共有するなど…」

あまつさえ夢を共有しているのだ。その時点でおかしいだろう。

「あり得ん話ではないぞ。おかしな話なのは確かだが、人と人が深く、その深淵まで繋がった時、人には考えの及ばない事態が起こる。」

人の考えの及ばない事態…

まさに今の状況だ。おかしな話だが、起こっていることは事実だ。彼女はグラスを割っていないにもかかわらず右手から血を流した。それは変わらない事実。

「恐らくは先日の決闘じゃろうな。お主らは剣を交えたことで何かが起きたのじゃろう。」

「そんなことで…」

そんなことで起こるなら俺は何人の人間と繋がっているんだ。あまりに理論としてかけ離れている。

「わからんぞ。人には考えの及ばぬことだと言ったであろう。何がきっかけか、そんなことは誰にもわからんのじゃ。寧ろ、今考えるべきは今後のことであろう。」

間違いない。何故起きたかなど起きた今になっては無価値に等しい。大いなる自然の事など人には太刀打ちできないこともある。これからどうするか…

そんなことを考えていると目の前の老師が厳かに口を開く。

「実はな…今のお主の状況は知識として知ってはおるのだ。ライフリンクと儂は呼んでいるがな。正式名称なぞあるのかどうかも分からん。夢の共有からはじまり、体の傷の共有…最後には命までも。」

なんということだ。エレナは俺が死ぬと死んでしまうというのか。

そんな中、校長は俺の心を見透かしたように言葉をつなぐ。

「恐らく、お前が考えているのとは逆じゃ。寧ろ、『死ねない』のじゃ。お互いが同時に死なぬ限りはな。」



重い足を引きずり職員室へと向かう。どんな顔をしてエレナに会えばいいというのか。

「おはようございます。」

自分の席に着くと直ぐに声をかけられる。そりゃそうか隣の席だ。

おはようございますエレナ先生、と返すと目をそらされる。

自分からして来たのに、とも思うが昨日の今日では直視しろという方が無理だろう。

ふと文字を書く彼女の右手に目を配る。

ペンで見えないがきっとあのペンの下には傷の処置がされているのだろう。

対して俺の傷は既に修復されている。とあるグールの集落に立ち寄った時に傷の修復を早める呪術を教えてもらったのだ。それを使用した。戦闘時には常時かけ続けているのだが、今は平常時なので必要に応じてかける程度に抑えている。

常時かけていたら疲れるしな、と内心呟きながらまたエレナ先生に視線を向ける。書類のページをめくるところらしい。

瞬間、俺は目を見開いた。

「エレナ先生…傷は…」

思わず声をこぼす。

「治っていました。傷の修復まで同時とは面白いものですね。」

そうか。修復まで同じか。これはこれは。便利なもんだな。

自笑するしかない。命をつなぐということがどれほど重たい事実か。馬鹿らしいほど重たい。

「時間です。そろそろ行きましょう、岩崎先生。そんなに手を握りしめては私も痛いです。それに、そんな顔を生徒に見せてはいけませんよ。」

はっと気づいて手の力を緩める。

「すみません…エレナ先生。気をつけます。」

俺の身体なのに俺じゃないみたいだ。

「ええ。お願いいたします。後…ちゃんとフランクに呼んでいただいて感謝します…」

蚊の飛ぶような声が聞こえてパッと顔を上げる。耳まで真っ赤にしたエレナ先生の顔が目に飛び込んでくる。

その姿に思わず笑みが溢れる。まるで乙女のようだ。少し悪戯してやろう。

「目をそらしたのもそれが原因で?」

するとまた、ふい、と目を逸らされる。

「もう!知りません!」

どうやら怒らせてしまったようでツカツカと職員室を出て行ってしまった。

後を追って俺も職員室を出る。彼女の残り香を辿るように。



午前の授業は変則的な攻め方で、防戦からの攻撃転換や奇襲など、あらゆる状況を教えていた。随時飛んでくる生徒からの質問にこちらも気付かされるものがあり、その都度教師陣と生徒陣で思考を巡らせることとなった。

午後からの授業は各専門に分かれて講義を受けるようで剣技を磨く者、弓の技術を磨く者、または呪術、機械、薬物など様々な分野で鍛錬を行うようだ。

俺の本来の得物は和弓なため弓の組へと回る。

「んじゃあ出席とるぞ。」

各生徒の名前を呼ぶ。各々の名前に反応し返事を返してくれる。とは言っても、弓を使う生徒はSクラスの中ではアシュリー・ベイカー、ヤン・フェイ、高瀬茂の3人だけだ。

「よし。全員いるみたいだな。君らの技量は先日の朝礼で見たが正直なところ、君らに勝てるような人間は一握りだろう。だが傭兵という職業上、その一握りと当たらないということはほぼ確実にない。そのため、今から俺の矢を避けてその直後に俺を殺すつもりで矢を放て。いいな?」

小気味良い返事が返ってくる。『殺すつもりで』という言葉に怖気付かないとは。俺が死にはしないと踏んでいるのか。

それもそうかと1人納得する。彼らはあの朝礼で本気で俺を殺しに来た。そこで擦り傷1つつけることができなかったのだ。そう思うのも当然だ。しかしそれでは稽古の意味がない。

「何か、勘違いしているようだが…」

開始する前に一言付け加える。

「胸を借りるとかそんな甘っちょろいこと考えるなよ。自分は岩崎を殺せると信じて来い。」

3人が震える。どう見ても怖くて震えたんじゃない。武者震いだ。

それに…

「良い目になったな。それじゃ、散開!」

バッと3人が散る。殺気がひしひしと伝わってくる。

「いいか。俺みたいなワンマン弓兵もいるが、今回は3人でチームを組んで狙って来い。いくぞ!」

弓を引きしぼり高瀬に向かって矢を放つ。俺が普段使っている弓ではないが、弓は俺の腕に等しい。狙いの場所へ向けることなど赤子の手を捻るようなものだ。

高瀬が矢を避けると同時に三方向から矢が放たれる。弦の音や矢の空気を割く音で見分け、3本とも手で叩き落とす。

「甘い! 高瀬は回避を始めた瞬間から弓を射る準備をしろ! アシュリーは半秒遅れているぞ! 高瀬の回避の時間を考えすぎだ! ヤンは…まぁ言うことなしだ!」

生徒達に対して評価を述べる。弓に関しては何がどうなっているかなど直接見ずとも手に取るようにわかる。

「よし! 反省点を改善してもう1度だ! いくぞ!」

再度、彼らに向かって矢を放った。



チャイムの音が聞こえる。

「どうやら授業終了だな。おーい。生きてるかー? 」

地べたにへばっている生徒達に声をかける。

「ぜぇ…ぜぇ…せ、先生…」

何か言おうとアシュリーが声を上げる。

「応。どした?」

「レベルの高い授業をありがとうございました…」

謝辞を述べようとしていたのか。なんと律儀な生徒なんだ。残りの2人もアシュリーに続く。謝辞まで述べるなど中々に出来た生徒達だと感心しているとアシュリーの言葉が耳に入ってきた。

「けど、あの…先生の雰囲気…第一印象と違いますわね…」

あー…と唸る。鍛錬を監督するあまり口調を忘れていたらしい。

「すまない。これが素だ。」

アシュリーの一言で、しまったと後悔する。

変な恐怖心を与えていなければいいが…

「でも先生の口調、厳しさの中に優しさがありました。俺らはちゃんと感じ取ってますよ。」

と言うのは高瀬だ。ちょいと目つきが悪いやつだが、心は素直らしい。嬉しいことを言ってくれるじゃないか。ヤンも高速で首を縦に振っている。脳震盪を起こさないか心配だ。

微笑んでその声に応える。

「ありがとさん。ちなみに、どっちの方がいい?今のが嫌なら最初の方のに戻せるぞ?」

3人は顔を見合わせている。かと思うと屈託のない笑顔でこちらに向き直って、答えた。

「今の方がいいです!」



職員室に戻るとエレナ先生が先に戻っていた。

「いかがでしたか? そちらの組は。」

やはり担任として気になるのだろう。それもそうか。信頼している人間の元に行ったとはいえ、自分の可愛い生徒達なのだ。

「流石というかやっぱりというか、レベルが高いですね。僕もついつい熱くなりました。」

最後にはへばっていたものの、あのレベルを完遂できるとは本当に素晴らしい人材だと言わざるを得ない。寧ろ自分達よりも強い兵士に対する訓練でよくぞあそこ迄ついてきたものだ。

「確かに岩崎先生、楽しそうでしたね。」

ふふ、とエレナ先生が笑みを見せる。本当に笑顔の似合う女だ。クールな一面もいいが、やはり女性は笑顔が一番だ。

「でも生徒達も楽しそうでした。キツそうではありましたが、岩崎先生のお気持ちが伝わっているようで…」

ありがたいことだ。そんな風に見えていたならば、俺もやった甲斐があるというものだ。しかし褒めるべきは俺ではなく生徒達の方だ。

その旨を伝えるとエレナ先生は、けらけらと笑いだした。

「やはり私の目に狂いは無かったようです。私が信頼を置いた人はこんなにも生徒思いで…」

まだ続きそうな感じがしたので黙っておく。何か言いたげな顔だ。

「私は何も悲観していませんよ、岩崎先生。逆に良かったとも思っています。貴方も何も気にすることはありません。少なくとも、今貴方が思っている程は。」

聖女の言葉ような、エレナ先生のそれに泣きそうになって来る。男のくせに情けないなと自笑しながら、目頭を押さえつつ謝辞を述べる。

すると聖女の笑みから一転。横の上司はじとっと湿った目つきを俺に向けた。

「ですが、あの日の夜のことはまだ忘れてませんからね。」

はて何のことやらと、とぼけようものなら渾身の一撃が飛んで来そうな勢いだ。

「あれは事故ですよ…決してわざとじゃ…」

だが見たのは事実だと返される。困った。何か機嫌を直せるようなものを…

「わかりました。お詫びに何か1つやりましょう。エレナ先生の望むことを。」

望むこと、と言われると途端に困惑するのが人間というもので、中々直ぐには決まらないものだ。

しかし意外にも直ぐに決まったようでエレナ先生はこう提案してきた。

「じゃあ昨日の仕切り直しをしませんか? ちゃんと親睦を深められませんでしたし…」

そんなことでいいのか、と心中を伝えると怒られてしまった。余程飲みたいのか、それともこれから共に歩むことに対しての乾杯か…

「わかりました。けど、エレナ先生はペースを落としてくださいよ? あのペースについて行くとこっちが死にかねません…」

流石にあのペースに合わせると俺の肝臓が保ちそうにない。

「岩崎先生はちびちびと飲まれるのがお好きですからね。大丈夫です。無理に付き合わせたりはしませんよ。さあ! そうと決まれば、早く仕事を終わらせて向かいましょう!」

やはり酒が好きらしい。いや案外、人と話すのが好きなのかもしれないな。いつものクールな様子とは違ってとても楽しそうなエレナ先生を横目にそんなことを考えながらも仕事を終わらせて、俺達は昨日の仕切り直しへと洒落込んだのだった。

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