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第4話 リンク

1人の男が村の中心で佇む。彼は無表情でまるで心がないように見えた。心どころか血も流れているのか不思議なほどだ。

弓を左手に持ち脱力している様はまるでマネキンのよう。彼の心は何処にあるのだろう。

彼の左手側の家から物音がなる。その家の前には1組の男女が折り重なるように倒れている。ああ、互いに守るように死んだのだなと一目見ただけでわかる。美しい自己犠牲。しかしそんな自己犠牲も虚しく、2人は殺されてしまった。

彼の目がその家へと虚ろに向けられる。まだ生き残りがいたのかと。弓を構え、引き絞る。『また』殺さねばならない。そして彼は矢を放つ。彼の弓から離れた矢は誰かを居抜く。家の壁さえも貫通させる矢だ。中に居た者は絶命は必至だろう。

家の中へと彼は足を進め獲物を確かめる。子供だ。子供を射抜いたのだ!何の罪もない子供を!私の動悸は早くなる。傭兵らしからぬ思いを浮かばせる。私は傭兵だ。仕事であれば子供さえ殺せる気概であった。もちろん、そうしてきた。しかし何故かこの時は私らしからぬ考えが浮かんだ。

彼は歩み寄り、胸にぽっかりと穴が空いた子供を掴み上げる。心臓は最早、爆散して形も残ってはいないだろう。彼はそれほどの力を持った男だ。

彼は掴んだ子供を離さない。じっと見つめたまま長い時間が流れた。すると彼はあろうことかその子供を抱きしめる。顔は見えない。見えないからこそ不気味さが増す。何を思って…

そう考えていると彼の肩が震えているのが見えた。私はやっと気づいた。彼は自分の心に反して殺したのだと…



飛び起きた。またあの夢か。ある村を壊滅させた、あの任務の。

春だというのに汗が凄かった。びしゃびしゃに濡れた体を流すためにシャワーを浴びる。

気分が悪い。ただ一度。ただ一度の任務がここまで俺を苦しめる。しかし後悔はしていない。あれは俺の仕事だった。殺さねば俺が殺される。そう言い聞かせながら浴室の壁にもたれる。流れる水の音で俺の心も流れて行くように願いながら。

しかし何故か昨日の夢はいつもと違っていた。俺を見ていたのは…誰だ?



重苦しい体を引きずり職員室へ向かう。ハミルトン先生との戦闘では予想以上に体を使い込んだらしい。ガタガタの体は鉛のように重い。

職員室に入るとあろうことかハミルトン先生の出迎えにあった。どうやら体は大丈夫らしい。

「先日はありがとうございました。私にもいい経験になりましたし、生徒達にも勉強になったでしょう。」

あんな怪獣大決戦が本当に勉強になるだろうか。そんなことを思いながら笑顔を浮かべる。

「それは何よりです。想像以上に体がボロボロですよ。」

ハハ、と言葉を返す。何よりも彼女の信頼を得たかどうかが問題だが、俺の口からそれを聞くのは論外だろう。

「私よりも随分と強いことは分かりきっていましたが…私の考えうる範疇を超えていました。無謀な戦いを挑んだものです…」

彼女の顔が曇る。

「貴方を認めます。岩崎先生。これから私達の生徒のため、共に戦ってください。」

周りの先生方から拍手と歓声が上がる。俺も内心ガッツポーズだ。

「もちろんです。これからよろしくお願いいたします。ハミルトン先生。」

がっしりと握手を交わす。力強い、信念のこもった握手だった。



滞りなく授業が終わり、ホームルームを終えてホッと一息だ。

休み時間に興奮した生徒から先日の戦いについて色々と聞かされたが、苦笑いが出るほどの賛辞だったので正直どぎまぎしてしまった。しかもこの化物クラスはあの戦いから様々なことを学んでいたらしく、このクラスへの恐ろしさがまた1段階2段階上がってしまったのだった。


書類仕事を仕上げようと職員室へ帰ると、分析班から昨日の戦闘分析を聞かされた。高い評価をいただけたのは何よりだが、ここまで買い被られると少し身構えてしまうので正直やめて欲しい。

苦笑いしっぱなしの話が終えて書類も片付けた時、我が上司から一声かけられる。

「岩崎先生、仕事は終わりましたか?」

横で座っている姿はまるで牡丹のようだったが立てば芍薬のよう。

そして歩く姿は百合の花ってか、内心思い笑顔を見せる。

「ええ。これで仕事は完了です。いかがなさいました?」

「もし、この後の予定がなければ…少し…」

歯切れが悪いな。慣れてないのが丸わかりだ。微笑ましく思いながら言葉を返す。

「何もありませんよ。お付き合いしますよ。」

予想もしていなかった晩御飯を食べることに承諾の言葉を返した。



「わかりますか!いわしゃきしぇんしぇい!わたしはねぇ!」

どうやら酒には弱いらしい。俺も弱い方だがちびちび飲んでいるぶんには大丈夫だ。しかしハミルトン先生は俺の倍のスピードで酒を空けていった。恐らく元々は酒に強い方なんだろうがあのスピードはどんな奴でも酔うだろう。

「ハミルトン先生…少しn」

飲み過ぎでは、と声をかけようとすると、バンッとジョッキを机に叩き付ける音に遮られる。

「エレナですっっ!」

驚いて彼女の顔を見る。真っ赤にして俺を睨んでいるその顔はいつも以上に色っぽく見えた。

「ハミ…エレナ先生、飲み過ぎですって…」

彼女の剣幕に押され少し砕けた感じで話しかける。

すると少女のようににっこりとした顔が浮かぶ。

「やっと砕けてくれましたね。おんなじクラスを持ってるのに硬すぎですよ。岩崎先生は。」

とはいうもののあっちはまだ苗字呼びらしい。まあ日本風のこの名前は正直下の名前を呼びづらいのも確かだ。

突然、彼女の顔が曇る。何か悪いことをした覚えはないが、何か嫌な予感が浮かぶ。すると一番言って欲しくなかった言葉が彼女の口から零れだす。

「私…夢を見たんです。昨日の…決闘の後…」

糞が、と心の中で叫ぶ。エレナ先生が飲み過ぎている時に気づくべきだった。寧ろ、飲みに誘われた時に気づくべきだったかもしれない。

「ある…男の夢でした。村の…ある村の子供を射抜いた男の…」

エレナ先生は静かに、溢れ出る言葉を紡ぐようにその綺麗な口元から声を絞り出す。

「彼は泣いていました。彼の顔は見えませんでしたが、肩を震わせて…」

飲んでいたウィスキーの中の氷がコロンと音を立て崩れる。それが彼女の堰であったかのように、彼女の目から涙が零れおちる。

「何も!何も子供まで殺す必要なかったじゃないかって彼は!彼は!けど任務だからって!でも彼はそうは思っていなくて!でも!でも!」

彼女の叫びに周りの客が静まり返る。

グラスを持つ俺の手が震える。あの子を殺めた矢を放った俺の右腕が。

「でも!傭兵ならばこういうこともあるって!思っていても!彼は優しすぎる!なのに!生き方がこれしか知らないって!自分の心に嘘をついて!私だって傭兵です!彼と同じように人を!子供を殺めたことだってある!でも!彼は…彼は!」

右手に握ったグラスが割れる。

「もういい!」

エレナ先生の体が跳ねる。驚かせてしまったようだ。彼女は普段の口調を崩すほど強く、悲しく言葉を放っていた。だが彼女がそこまで思い詰めることはない。こんな馬鹿な男にそこまで思う理由はない。彼女が哀れで、言葉を遮る。

「私が見た夢…貴方でしょう?岩崎先生…」

声を震わせ、嗚咽の混じった声で俺に言葉をかける。

「違う…」

それに対し、俺は絞り出すように言葉を漏らす。

「違うんだ…エレナ先生…」

「何が違うって言うんですか…理由は分かりませんが…私にはあの夢が岩崎先生以外の何者にも見えなかった…」

右手に刺さったグラスの欠片を抜きながら俺は言葉を紡ぎ出す。痛みで自分を繋ぎ止めるように。

「俺はあの時泣いてたんじゃない…」

エレナ先生の顔を見ることができない。俺は血が流れ続ける右手を見ながら、長い沈黙の後口を開く。

「笑ってたんだ。馬鹿な若造だったよ。何も知らされず任務について、子供を殺めたんだ。あの日が俺を苦しめ続ける。ずっとだ。この10年間。22の出来事がだ。未だに。」

エレナ先生は口を開かない。嗚咽だけか俺の耳に入ってくる。

「狂気にかられたんだ。人を殺める悦びに目覚めたんだ。まともな人間の心じゃない。だから…君が俺をそこまで思う理由はない。忘れるんだ。こんな狂人に…そんな思いを向けていたら君さえ壊れてしまう。」

テーブルに乗せていた俺の左手が優しく包み込まれる。突然の出来事に驚いて顔を上げる。涙でぐしゃぐしゃに濡れたエレナ先生の顔は優しい笑顔を浮かべて俺に向けられていた。

「それこそ違うはず。貴方はきっと自分の馬鹿らしさに笑いをあげたんです。私には分かります。優しいくせに…人を殺めて。家族の温もりに憧れているからこそ…それを奪った自分の手であの子を殺めたんだ。」

馬鹿なと口に出し、下を向きながら首を振る。あれは自分を嘲笑した笑いだったのか自分でさえわからないのだ。

「わかりますよ。…ほら。」

エレナ先生が彼女の右手を見せてくる。血だ。

はっと驚き顔を上げる。そこには悲しげに、そして柔らかに笑う彼女の顔があった。

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