表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

第3話 決闘

「防戦一方ですか!岩崎先生!まだ半分も力を出していないでしょう!」

幾重にも重ねられた斬撃を繰り出しながら目の前の女剣士が叫ぶ。

昨日の怒りはどこへやらで、流石手練れの傭兵と言うべきか、中々どうして既に切り替えているらしい。そこに敵意はなく、明確な殺意だけが彼女から放たれていた。感情のコントロールを上手く行うことができるのはそれだけで良い戦士の証となる。

彼女の刃を一歩二歩と避けながら三歩目で大きく距離を取る。

「貴女の太刀筋には恐れ入るものがあります、ハミルトン先生。一介の戦士ならば出会うだけで死は必至でしょう。しかし私には…」

わざと一呼吸置いて彼女に語りかける。

「私にはこの脚があるだけで十分です。」

本気を出すまでもないとわざわざ口に出す。それにより彼女の感情が揺らげば俺の勝ちはほぼ確実のものとなる。

立会人とも言うべき生徒達の声は最早聞こえない。彼らからすれば怪物大戦争とも言えるこの戦闘は彼らの喉から声を奪っていたようだ。さぁ、この挑発が吉と出るか蛇とでるか。こちらも息を呑みつつ目の前の女剣士の反応を待つ。

「いいでしょう。貴方の挑発に乗ることにします。受け切ってみせなさい!」

ハミルトン教員が距離を詰めにかかる。本来の反応としては退くのが妥当であろうが、彼女が出そうとしている技に逃げは無意味だ。何せ、風を感じ逃げようとする鳥の翼を瞬時に捥ぐ事で生まれた技だ。かの技に備えこちらも剣を構える。退くことが愚策であるならば受けるまで。

彼女の叫びと共に斬撃が飛ぶ。俺の体を3つに分断せんと…





朝日に照らされ目を覚ます。昨晩シャワーを浴びてから疲れ果てて死ぬように眠っていたらしい。しかし俺の心は土砂降りの雨である。本来なら充実した一日だったと言えようが、何せあのハミルトン教員の痴態を見てしまったせいで今日が決闘当日となってしまったのだ。ありゃ事故だ事故。そういう運命だったんだよと独言てベッドからのそりと立ち上がる。

いつも通りの朝飯を食べ、昨日受け持った教室の女生徒に案内されながら歩き回った道を通り職員室へと入る。すると校長の姿が目に飛び込んできた。

「校長。おはようございます。」

最早『師匠』とは口に出すまい。ここにいさせてもらう以上、其れ相応の呼び方というものがある。

「おはよう岩崎先生。どうやら面白いことが起きているようじゃの。」

校長の耳にはすでに入り込んでいるらしい。はは、と苦笑いを校長に投げかける。

「早朝にハミルトン先生が怒り顔で訪ねてきたわい。岩崎先生との決闘を今日にしてほしいとな。」

どうやら本気で俺を倒しに来るつもりらしい。事故とはいえ、あれは怒るよなぁ…

「岩崎。わかっているとは思うが…」

本気は出すな。そう言いたいのだろう。仮面の上からでも真面目に話をしているのがわかる。というか仮面が真面目な顔立ちになっている。妖術で動かしているのだろうが、何かパーティーグッズでも見ているような感じだ。

「分かっていますよ。セーブします。」

俺も真面目に返す。もとより彼女に合わせるつもりだ。本気でやれば瞬時に片は付くのであろうがそれでは意味がない。彼女は怒って日を早めたが、根底にあるものは変わっていないはずだ。

「上出来じゃ。流石我が弟子よ。では会場に案内しよう。準備は出来ておるな。」

頷いて気合を入れ、彼の後をついて行く。本気は出さないとはいえ、これは戦闘であることに変わりはない。真剣に取り組むのは至極当然のことなのだ。




「やっときましたか。」

目の前の女剣士が口を開く。レディを待たせるとは男がすたる。

「おまたせして申し訳ありません、ハミルトン先生。」

別に遅れてなどいないのだが、女性の手前、謝罪をする。なるべく女性を怒らせないように振る舞うのが一流の男というものだ。悩める女性の柔肌を見ている時点で怒らせる怒らせないもないのだが。

その刹那、眼前の女剣士から思わず身構えるほどの殺気が放たれる。怒気などではない、明確な殺意。この女はここで俺を見定めるつもりらしい。

「この勝負において私は本気を出させていただきます。貴方の力量に対し私が全力で立ち向かわないなど到底不可能でしょう。」

この女の殺気はそういうことか。生徒に対するデモンストレーションとしての戦闘ではなく、本物の死合として俺の力量を知ろうというらしい。

「承知いたしました。貴女の気概、とくとこの身に感じます。しかしながら私は、私の上司との戦闘として尊厳を持って戦わせていただきます。よろしいですね。」

本気を出すつもりはない旨を暗に伝える。煽りではなく、その状態でも十分に信頼に足る者だと知ってもらうためだ。

「…いいでしょう。不服ではありますが、貴方の武勲は私の耳にも入っています。岩崎先生の思うように戦っていただきたい。」

言葉ではこう言っているが、ハミルトン先生が俺の本気を求めているのは火を見るよりも明らかだ。この女は真っ直ぐに俺の本気を出させに来るだろう。

「話はまとまったかの。では始める前に少しばかし確認を取らせてもらうぞ。」

判定は校長が行うようだ。審判として彼以上の適任はいないだろう。

「この戦闘は実際の戦場を仮想して行ってもらう。つまりお主らが仕事をする時と同じじゃな。各々の鎧、防具で構わん。盾を持つもよし、何もつけず回避こそが最大の防御でもよろしい。」

そういえば、ハミルトン先生は鎧を着ているな。このルールを知らなかったのは新参の俺だけか。

「岩崎よ。鎧はどうするか。つけるならば…」

彼の言葉を遮って答える。

「大丈夫です。戦闘開始後、換装させていただきます。」

校長は俺の意図を汲み取ったらしく静かに頷く。

「よろしい。ならば儂の合図で始めてもらうぞ。それでは、始めぃ!」



太鼓の音が鳴り響き、戦闘が開始する。

瞬時にハミルトン先生がこちらへと距離を詰める。

「シッ!」

速い。明らかに人間の速度を超えている。その速度から繰り出される斬撃も同様だ。

ここまでの域に達するのに、一体どれだけの時間を切り離してきたのだろう。

瞬時に刀を換装しそれらを受け止め、流す。

「…妖術ですか。模作…いや空間転移ですね。」

流石。これは作製系ではなく転移系の妖術だ。この女の観察眼は計り知れないな。一級の妖術使いでもその差を答えろと言われれば答えられないものなのだが。

「ご名答。その通りです。瞬時に見抜くとはやはりSクラスをまとめ上げるだけはありますね。」

素直に感心し、言葉をかける。しかしこの女、全く斬撃の手を緩めようとしない。会話をしている間もだ。その上、手を緩めないだけではない。打つたびにより強く、より速くなっている。

このまま流し続けてハミルトン先生のその美しいお顔を見続けてもいいのだが、それでは芸がない。ハミルトン先生を押し戻し距離を取る。

「ハミルトン先生。貴女の持っている、その長く美しい野太刀…名前を当ててみましょうか。」

ハミルトン先生は沈黙を守っている。

「備前長船長光。佐々木小次郎の愛用していた野太刀ですね。」

言い終わるとともに金属音が耳に入ってくる。鍔迫り合いの状態でハミルトン先生が口を開く。

「ええ。しかし、だからどうだというのです。得物がわかっただけで何も変わることは、ありません!」

彼女に押し出され後ろへと飛び退く。それと同時に彼女も距離を詰め斬撃を再開させる。

先程の斬撃よりももっと重たく速い。その長身から繰り出される斬撃には力が篭っていた。決めにきたな。長期戦になると不利になることを悟ったのだろう。

「防戦一方ですか!岩崎先生!まだ半分も力を出していないでしょう!」

叫ぶ。少し追い詰められて揺らいだようだ。ならばまだ追い込んでやろう。距離をとるように大きく後退し口を開く。

「貴女の太刀筋には恐れ入るものがあります、ハミルトン先生。しかし…私には、『この足があるだけで十分』です。」

瞬間、場の空気が固まる。いつの間にか陽の光は消え、空には灰色の雲が浮かんでいる。雨が降りそうだ。

「ならば…ならば、受けてみなさい!」

眼前の女剣士が全身に力を込める。どうやら持てる全ての力を放つようだ。ならば全ての斬撃を受けきってみせよう。彼女が走り出したと同時に互いに距離を詰め彼女の間合いになる。それと同時にかの技名が叫ばれる。佐々木小次郎が生み出し剣技。風を読む鳥の羽を分断せしめんと生み出された奥義が。




静かな空間が辺りを包んでいる。何も音など聞こえない。

「勝負ありじゃの。」

校長が静かに告げる。

彼の眼前に広がるは一面の血溜まりと3つに分断された岩崎教員の身体…ではなく、私の鎧だった。

何故。当然の疑問が私の頭に浮かぶ。私は立っている。なのに私の鎧は3つに分かれて側に散らばっている。理解が追いつかなかった。何故?どうして?

「素晴らしい剣技でした。燕返しをここまで習得したのは弛み無い努力の結果でしょう。」

私が切り捨てたはずの男の声が後ろから聞こえる。今起きている現実に頭が追いついていない。

「なぜ…」

誰の声だ。肺に残る僅かばかりの空気を絞り出したような声。まさか…私?

その声の対象であろう男は何も答えない。

私と彼の間にはここまでの差があったのか…

私は紛れも無い『敗北』を叩きつけられたのだとその時やっと理解したのだった。



生徒たちのどよめきの中、決闘場を後にして家に帰り着いたのは既に日が暮れて明かりがなければ少し先も見えなくなっている時間だった。校長と今後の方針について議論し互いに了承し合い、やっと帰路につくことができたのだ。

決闘後の事態の収拾はとても迅速だった。怪獣大戦争を見ていた生徒達は即座に帰され、決闘場の整地が始まった。データ収集や分析は既に終わっているらしく、解析班が慌ただしく動いていた。

そんな中、俺はハミルトン先生を念のため医務室へ連れて行ってもらえるよう手配した。俺の刃は彼女自身に当たらないようにしたとはいえ、衝撃そのものは伝わっているはずだ。何もダメージがないとは言い切れない。普段は見せないであろう表情をしていたし、彼女には今何より落ち着ける場所が必要であろう。よろめきながら担当医に連れられ医務室へと向かう彼女の背中には何か哀しいものが見えていた。


シャワーを浴びて夕飯を食べ、ベッドに横たわりながらハミルトン先生について思考を巡らせる。何が彼女をあそこまでの領域へと誘ったのか。並大抵の思いではあの領域へ踏み込むことは不可能だ。

しかし直ぐにそんなことは考えても仕方がないと結論を出す。彼女には彼女の理由があり人を超えた剣の領域へと向かったのだ。それが俺にわかるはずもない。それにいつもよりも眠気が強い。

あれだけ体を動かしたのだ。あんなハイレベルな戦闘は久々だった。普段の傭兵業でさえ、あのレベルの戦闘は滅多にない。やはり化け物を纏める者はより高次の化け物だったということだろう。

俺は普段以上の眠気に身を任せ、夜の暗闇へと落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ