表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

第2話 宣戦布告

「私からの信頼はまだ得ていませんよ。宣戦布告です。」

突然の宣戦布告で俺は戸惑う。突然なにを言いだすんだ、この女は。俺の戦闘は…

「自分の戦闘は既に見ただろう。そんなお顔をされてますね。確かに岩崎先生が、私の生徒達の全力を持ってしても勝てない相手なのは一目見るだけで分かりました。しかし、貴方はご自身の武器1つ出さなかった。それでプロの傭兵の信頼を得られるとでもお思いですか?」

なるほど。この女の言っていることは一理ある。確かに俺の得意分野は徒手空拳ではない。正直言うと全ての戦闘分野において精通している自負はあるが、この女は本来の戦場での俺を見せろと言っているらしい。

「つまり、ハミルトン先生は私に武器を使わせたいと。そう仰るわけですね。」

わざとらしく分かりきったことを訊く。

「それもありますが、貴方は昨日の戦闘では1割の力も出していなかったでしょう。」

たった一回の戦闘でそこまで見抜いていたと言うのかこの女は。流石化物クラスをまとめ上げる者の実力は伊達では無いと言うことか。これは舐めてかかると痛い目を見そうだ。だがそんな事は彼女を一目見た時点で分かりきっていた事だ。今更どうこう言う事じゃない。

「ハミルトン先生。貴方の気概は十分伝わりました。生徒達の背中を任せるに値する男かどうか貴女の目でお確かめください。」

彼女の目が大きく見開かれる。この宣戦布告が生徒のためである事は分かっている。おっさんの洞察力舐めるんじゃない。しかしそんな驚きも束の間で、彼女の顔は元に戻る。

「お受けくださりありがとうございます、岩崎先生。それでは1週間後に果し合いという事で。私も貴方に挑戦するにあたって全力で挑みたいのです。」

この意見には賛成だ。俺もこの女に挑むとなると少し気合を入れなければいけない。

「よろしくお願いします。しかし私もまだこの学校の全貌を見ていません。なので少し時間をいただきたい。」

俺がこの挑戦を受けると表明すると教室中がどよめく。生徒からすれば俺たちの戦いは怪獣大戦争の様なものなのだろう。

彼女はクールな顔に少し満足気な表情を浮かばせた後、生徒達の方へ向き直し口を開く。

「時間がちょうどいいのでホームルームを終わりにします。一限目の用意をしてください。」


ハミルトン教員の授業は見ていて気持ちのいいものだった。傭兵に必要な心構え、体術、知識などのエッセンスが詰まっており、こちらまで授業を受けている気分にさせられる程だった。

今日の全ての授業が終わり職員室へ帰ろうとすると1人の女生徒が俺に声をかける。

「先生、まだこの校舎を全て回っておられないとおっしゃってましたよね?」

足音もなく近づいて下から見上げる様に声をかけるこの子は確か…

「アイカさんだよね。片桐アイカさん。」

昨日、俺の首筋に一撃を喰らわせようとした忍の子だ。

「覚えていてくださったのですね!嬉しい!先生、良ければこの後私が案内してもよろしいですか?」

顔を赤らめながらアイカが提案する。どうやら気に入られた様だ。1人で探検しようと考えていたが、この子の勇気を無下にするわけにもいかない。それに1人で回るよりも詳しい説明が聞けそうだ。

「よろしく頼むよ。1人では分からないところもあるし。職員室前で待っててくれるか?荷物を置いたら回ろう。」

ぴょんぴょん飛び跳ねるアイカを横目に職員室へと戻る。本当に小動物の様で可愛いやつだ。身長が160強しかない俺を見上げていたし、小柄な身長により小動物感が大きなものになっているのだろう。彼女の分析をしながら荷物を置きアイカの元へ戻る。


「待たせて悪いね。それじゃあ行こうか。」

扉の前で待っていてくれたアイカに声をかける。ここからこの東日学園の綺麗な校舎の探検が始まるわけだ。

アイカの学校案内は細部に渡って行われた。職員室から出発し、それぞれの教室や美術室などの特別な教室、運動場と呼ばれる剣術訓練所や体育館、広場や購買、妖術の訓練所や研究所、果ては用務員室までといったフルコースだ。

「次が最後です。道場棟ですね。剣道場や空手や柔術の道場、弓道場があります。そういえば石崎先生は弓をお使いでしたよね?」

武道の鍛錬所まであるのかと感心していると俺についての質問が投げかけられる。

「ああ、そうだね。俺は弓を使っているよ。弓と言っても、洋弓じゃなくて和弓だけどね。」

流石に俺の武器の話も伝わっているらしい。俺はどんな武器でも使えるものは全て使う主義なのでどの武器も鍛錬するが、和の武器を好んで使用し、その中でも弓が1番の好みだ。使っていて心が落ち着くし、何より矢が離れた時の音が心地いい。

「それではエレナ先生との対決は『和』対決ですね!」

アイカが嬉しそうに言葉を放つ。昔の日本の言葉を知っているとは、流石忍びの娘。感心感心。

よくできましたと頭を撫でてやると嬉しそうに、えへへと声を漏らす。長い前髪から覗く彼女の目はさながら子犬のようだった。


彼女を帰らせた後、一通り近距離、中距離武器の武道の鍛錬を終え、弓道場へと足を踏み入れる。やはりこの雰囲気は特別なものだ。落ち着くし、何より心頭を滅却することができる。毎日の鍛錬でも弓の鍛錬は最も最後に持ってくることが多い。

弓を一旦職員室に取りに帰り、道場へと足を運ぶ。

道場へ入り神に礼を示した後、射位に着く。足を肩幅より少し大きめに開き、気持ちを落ち着かせる。正射必中。それだけを胸に矢を射るための所作を行う。矢をつがえ弓の末端を膝の上に置く。諸々の動作を終え、弦を握る。矢に沿って的を見て息を吐き出すと、矢を的に放つため俺の腕が動き出す。煙が立ち上がるように、弓を掲げる。左手を回転させながら弓を開いていき、右手の位置を頭の一拳上に移動させる。矢と地面の並行を保ったまま大きく弓を開き、下唇の少し上の頬に矢が着き、ほぼ動かなくなる。この姿勢からじわりじわりと右手が自然と離れる位置まで左手を押し続けると実際にはほぼ弓と矢は動いていないのだが、弓にはしっかりと力が伝わっているのが体感でわかる。

自然に矢が放たれ、パァン、と強く張った的を破る音を立てる。今のは良かったが少し力んでしまった節がある、と反省点を見つけつつ次の矢をつがえにかかる。当たったかどうかは問題ではない。「正射必中」。この言葉が示す様に正しい射を行う事こそが大切だ。この一連の動作を繰り返していると時間が光の速さで過ぎていった。


「すっかり遅くなっちまった。シャワー浴びて帰るか。」

弓道は集中できるため好きなのだが、一度没頭すると時間を忘れてしまう嫌いがある。今日も御多分に洩れず夜遅くまで引き続けてしまった。

シャワー室は剣道の道場の側にあるため、支給されたタオルを持って移動する。すると道場から光が漏れているのに気付く。

「まだ稽古している奴がいるのか。感心だが、もうエラく遅い時間だぞ…」

光の方へ歩いて行き、中を覗く。

「ほう…ハミルトン先生か…」

そこには俺に宣戦布告をした女の姿があり、どうやら稽古の後のようでそこら中に切り捨てた残骸が転がっていた。

しかしハミルトン先生は鏡の前に突っ立って何をしているんだ。そんなことを考えていた最中、俺の網膜にとんでもない風景が焼き付けられた。目の前の女剣士が道着を全て脱ぎ棄て始めたのだ。露出癖でもあるのかこの女は。その上、困り顔でモデルポージングまで始める始末だ。

益々奇妙な状況だが、俺は目の前にあるハミルトン先生の身体から目が離せないでいた。引き締まっていて、それでいて程よく肉がついていてとても美しい。鍛錬の後でしっとりと濡れていてそれが更に色気を引き立たせる。春の陽気に当てられたのか、はたまた鍛錬の後で血の巡りが良くなっているのかほんのりと上気した肌はこの世のものではないようで見るもの全てを魅了する。盗み見ていることに罪悪感を覚えるが、ほうと溜息が出てしまうほどだ。しかし何故こんなにも完璧な顔貌と身体を持った女に男の影1つないのか。

突然目の前の裸体が長い溜息をつく。

「……体におかしなところなんて…やっぱりないよな…はぁ…」

どうやら露出狂ではなく、悩める露出狂らしい。もう少しこの困り顔の露出狂を観察するとしよう。

「体の問題じゃないのか…じゃあなんで私に恋人ができないんだ…」

俺の中で悩める露出狂は恋愛に悩む露出狂にレベルアップした。なるほど。この女は28歳という歳で恋人が全くいない理由を自身の身体に見つけようとしたらしい。大戦前の世界はいざ知らず、核の落ちた後のこの世界では確かに子供の産める身体になった時点で婚約を結ぶ家も少なくない。彼女の完璧なプロポーションは男に一歩引かせる原因なのかもしれない。しかしその長身に惹かれる男は少なくないはずだ。どうしても個人の好みの問題が絡んでくるので小さい女性が好みの男には確かに好かれないかもしれないが、少なくとも俺は自身の身長が低いせいか背の高い女性に憧れる。そう考えると原因はその喋り方か彼女自身の能力が高い水準にあるのだろう。強くなったが故の、というやつだ。

「となると…中身か…」

やはり一級の傭兵であるハミルトン先生は自己分析も達者なようだ。反省を積み重ね、自身を高い理想へと昇華できる者のみが生き残る世界だ。これくらい序の口だということなのだろう。しかし何故顔を赤らめているんだ、悩める露出狂よ。

次の瞬間、鏡に脚を開く露出狂の姿が映った。前言撤回である。こいつは阿呆に違いない。もう露出狂という言葉は生温い。痴女だ、痴女。

俺は鏡に映る長い脚の間に見える、何人も侵入したことがない花園から目が離せなかった。男ならば仕様がないことだ。なんたって男だからな。変な言い訳を頭の中で繰り返しながらこのとんでもない風景を見つめ続ける。しっかりと毛の手入れをされていて、色素沈着のない桃色の花園はまるでそこにあるのが当たり前のように佇んでいる。いや当然ながらあるのが当たり前だ。XX染色体を持つ者なら必ずある。どうやら突然の出来事がたくさん舞い込んで来て頭が混乱しているようだ。当然だ。こんな美女が深夜に1人で、しかも自宅ではない場所で自分の花園をまじまじと見つめているのだ。生まれてこのかた32年、俺は沢山の女性と夜を共にしてきたが、ここまでのプロポーションは見たことがない。

しかしながら、もうそろそろこの場から離れた方がいいだろう。悩める処女の柔肌を眺め続けるのも悪くはないが、エロティシズムに真剣な俺としては覗き見はポリシーに反するし、それにハミルトン先生がいつこちらに気付くかわからない。

覗き見がバレたら殺されるだろうなぁ、と考えながら扉から離れようとすると、カタンと木の扉が振動する。

「っっ!誰だっっ!」

バレた。バレたらしょうがない。潔く罪を認め粛清を受けるのがエロティシズムの求道者である俺の務めだ。がらがらと扉を開け姿を見せると道着でその恵体を隠したハミルトン先生の赤らんだ顔が目に飛び込んで来る。

「いっ! 岩崎先生っっ! どうしてこんなとこにっ! えっ!? ええっ!?」

おお、おお。動揺してるなぁ。クールなハミルトン先生が慌てふためく所はまさに俺しか知らないところだろうな、と優越感に浸る。しかしそんな場合ではなかった。早く弁明しなければ。

「鍛錬が終わってシャワーを浴びに来たらまだ明かりのついた道場があったんで…お邪魔しました。」

踵を返し出て行こうとする。ハミルトン先生を辱める気はないし、何より仕事上の上司に当たる人間を尊重しないわけにはいかない。

「つまり貴方は私の裸を見たと…」

背中から途轍もない殺気を放たれる。驚いて振り向くと顔を赤らめながらわなわなと震えるハミルトン先生の姿があった。

ああ、やってしまった。これは信用如何に関わらず殴られるやつだ。ここは素直に罪をみとめてさっさと退散しよう。彼女に声をかけようとすると、先にハミルトン先生の恨めしげ声が聞こえてくる。

「うううぅ…絶対に許しませんから!!」

今度は涙目で怒りだした。そりゃそうだろうな。出会って数日の男に裸を見られたんだ。すぐに謝罪をしようと言葉を口を開くと今度は大きな声に掻き消される。

「もう信頼だの何だの関係ありません!! 貴方は明日叩きのめします!!」

なんだと!? 怒りは分かるが無茶苦茶だ! どの口が言うかという話だが、これは本当に考え直した方がいい。ハミルトン先生…と口に出すが、再び彼女の怒声に掻き消される。

「うるさい! もう決めました! 首を洗って待っていなさい!」

怪物に捕まる女騎士の様な台詞を吐きながらハミルトン先生はどこかへ走り去ってしまった。道着で前を隠しただけの姿で。

ハミルトン先生はそんなに感情的な人には見えなかったのだが、流石に裸を見られるのは屈辱的だったらしい。

俺はそのままシャワー室へと向かい、複雑な気分で寮へと帰る。1週間が1日に短縮されたのは師匠の元で修行して来た自分には慣れたことなのだが、あの怒りモードの女剣士をどうするか。怒りは人を変え普段以上の力を出させる。俺は自分の首を思い切りしめるようなことをしてしまったのかもしれないと頭を抱えつつ眠りに落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ