狂気的な探究者
薄暗い路地裏
噎せ返るような腐臭の立ち込める一角
パステルピンクの双眸が狂気を宿す
赤黒く染まった右手の凶器が振り下ろされる
何度も 何度も 何度も 何度も 何度も 何度も
それは良く見ると既に歪み曲がった
食器類に属するはずの純銀のフォークであり
既に事切れた死体の濁った眼球を突き破りては
得も知れぬ液体が飛び散り汚い地面に彩りを添える
原型を留めない死体をどれだけ弄んだか
ピタリと機械仕掛けの人形のやうに動きが止まる
真白な衣服に身を包んでいたはずだが
返り血を主体とした汚物にて清潔さは失われていた
それを気にすることもなく立ち上がり肉塊を踏み付け
「 お前のことなんか俺は知らない 」
少年とも少女ともとれる幼い声が呟いた
狂気だけを宿した“少年”は凶器を投げ捨てる
食器としての機能は失われた其は路地裏に良く馴染んだ
「 俺は知らない お前を知らない お前らを知らない 」
ぶつぶつと呟きながら少年は奥へ奥へと進んでいく
少年の歩く道に生きた人間は唯のひとりとして居らず
在るのは唯 あまりにも無残に弄ばれた血溜まりと肉塊のみ
「 俺は知らない 俺を知らない お前を知らない俺を知らない 」
ぶちぶちと己の親指の爪を噛み千切る
自分のものか他人のものかも分からない鉄錆の味
今朝に食べた腐りかけの林檎と同じ味がする気がした
「 お母さん 俺は誰ですか 」
泣き叫び許しを乞う娼婦の腹を蹴り付ける
吐瀉物を撒き散らしながら逃げ惑う娼婦を殴り付ける
次第に美しかった顔は醜く腫れ上がり醜女と成り下がった
娼婦として価値のなくなった女性の右足を捻り上げ根本から折る
声にならぬ絶叫を上げ 失禁し乍ら譫言を呟く女に彼は問いかけ続けた
「 お母さん ねえお母さん 俺は誰なのですか 」
女は既に意識を失っており返事はない
狂気を宿す少年は決して気付くことなく問い続ける
拾った木材で女の頭を餅突きでもするように潰し乍ら
「 お母さん答えてよ 俺は一体誰なのか 」
ぐちゃり ぐちゃり ぐちゃり ぐちゃり ぐちゃり
びしゃり びしゃり びしゃり びしゃり びしゃり
「 どうして どうしてどうして 答えてくれないのさ 」
少年は気付かない
既に事切れた女の口は二度と開かないことなど
少年は気付かない
己の定義を問い続けるあまり見失ったことなど
少年は気付けない
靄だらけの思考では何も何も気付けないことなど
「 どうして答えてくれないの 」
真白な服は赤黒く染まり
パステルピンクの澱んだ瞳からは
透明な雫が一滴だけ頬を伝い落ち路地裏に消えた
――――「狂気的な探究者」Fin.