多重と苦渋の選択
「僕は一体だれですか?」
繰り返し問い掛ける相手は自分自身。
返ってくる答えは様々だ。
色んな人が、性別も年齢も違う人達が次々に言う。
「貴方は貴方ですよ。」
「自分に分からんことは俺にも分からん。」
「そもそも自分が何者かだなんて誰も教えられないわ。」
「問い続ければ見えてくるのではないかな?」
みんな答えてくれるけれど、
それらは全部、僕が求めていた答えではなかった。
だから僕は考えることを放棄した。
自分がだれだとか、もうどうでもいいと思うことにした。
そうしたら記憶が無くなることが増えて記憶は減っていった。
気付いたら部屋が片付いていた。
気付いたらお金が減っていてCDがあった。
気付いたら二ヶ月もの月日が過ぎていた。
気付いたら、知らない場所で泣いていた。
だから僕は確信した。
最初から自分なんていなかったのだと。
そうしたらとても心が楽になった。
今日は都会のビルを見に行こうと思う。
久し振りの遠出だから、キチンと準備をしてからね。
だってそうだろう?
君たちにだって分かるだろう?
僕は、狂っている。
「治らないかも知れないね。」
「ひとりでいられればそれでいい。」
「でもどうやって生きていくの?」
「お金も職もない、まだ君は子供だ。」
「待って、貴方はまだ可能性を秘めているのだから。」
「違う、コイツはとんだクレイジーな人間だ!」
「でも×××にココロなんてあるのだろうか?」
静かに秒針の音が耳に響く。
何もかもが分からないんだ、螺子のない歯車が回らないように。
目の前はどこまでも青い空、白い雲。
足元に広がるのは携帯電話のカメラを構えて此方を見る群衆の姿。
そんな中で博愛を謳う人間が大きな声で何かを叫ぶ。
聴こえてくるはずのサイレンの音はクラッシックのような美しい音色。
「 さよなら 」
――――「多重と苦渋の選択」Fin.