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歯車の欠片を探して  作者: 飾 ロア
14/15

珍客招く酒屋の男






人間は、過ちを繰り返す生き物である。

それでも尚、希望があると信じ続けることが重要だ。


〝信ずるとは何なりや?〟






名もない街外れの立ち飲み屋。

夜も更けて客足は少なく、立ち飲み屋など物好きが来る店。


その男の姿と言えば、

仕事疲れのサラリーマンとも違う。

はたまたOLでもなければ、職持ちですらないと云う。


お世辞にも綺麗とは言えぬ出で立ち。

この時期はまだ冷えるというのに半袖にジャージのズボン。

裸足にツッカケを履いて、まるで家から飛び出してきたかのよう。


もう希望も何もない。

そんなこの世の終わりのような顔でやってきた。



「お客さん、もうすぐ閉店ですので…。」



厄介払いも兼ねて、そう云うことは簡単だった。

しかしその男は「一杯だけで構わない。」と引き返す気はないようで。

私は何を思うてか、一杯だけなら…と、人っ子一人いない寂れた店に招き入れた。



「ご注文は?」

「…何か、水割りを。」



その男は随分と痩せこけて、筋肉もなく、酒よりツマミを勧めたいほどだった。

何を頼めばいいのか、一瞬だけ迷ったような素振りをしては注文する。

こういった店に慣れていないのがよく分かった。



「あいよ、お待ち。」



私はよく店で出すウイスキーの水割りを机に置く。

青年はグラスを手に取ると、グッと一口で半分ほど煽った。



「こんな時間に、こんな寂れた店で、何つう顔しとるんだい?」

「ああ、申し訳ない…ふと、外に出たくなってね。」

「目にとまった店に入ってみた、と?」

「おや、ご主人…俺のことをつけてたのかい?」

「まさか、私の店は看板だけは派手だからなぁ。」

「なんだ、なんだ。この店は酒も旨い、看板だけじゃあるまい?」

「冗談だ、冗談。私の店にゃ、誰もが惹かれちまうのさ。」

「はは、違いない。違いない。」



暫く、このような他愛もない話を続けた。

たった一杯の水割りを、まだ飲み干さぬ客人。

服装からして御洒落でもあるまいが、黒色のリストバンドが小洒落ていた。

野暮なことは聞きやしないが、無理して明るく振舞っているのがよく分かる。



「お客さん、もう氷が溶けちまってら。代えようか?」

「いや、いや…俺は一杯だけだと、約束しただろう。」

「だが、せっかくなら、旨い酒を飲んで欲しいじゃねえか。」

「おやっさんの旨い酒を、俺がベラベラ話してるうちに殺してしまったか。これは申し訳ないことをした。」

「気にするな、気にするな。そういったことにゃ、慣れとるさ。」

「そうか、そりゃあ、申し訳ない…申し訳ないことをしたなぁ。」



溶けかけの氷が浮かぶグラスを見る男の瞳には

生気というものが、一切感じられなく、私はとても不気味に思った。


客と2人で向き合う無言の時間ほど、

気まずいものはないと、酒屋の主人は口を揃えて語るだろう。

今の私のように、何と声をかければいいのか、てんで分からんのだ。



「なぁ、信ずるとは、何なりや?」



不意な問い掛けだと思った。

だが、私はない頭を振り絞り、「う~ん…」と顎に手を当てて考える。



「信ずるとは、これまた難しいなぁ。」

「俺にも、こればかりはサッパリ分からんのだ。」

「そうだなあ、だがまあ、人生、信じ続けりゃ、屹度いいことがあるさ。」

「そうか…そうか。おやっさんも、そう思うか。」



噛み締めるように私の言葉を聞いて頷く男。

少しばかりわざとらしくも見えたが、残りの酒をグッと飲み干した。

シワ一つない、綺麗なピン札で勘定をして男は店の暖簾から出て行った。



「ありがとう、おやっさん。酒、旨かった。また来るよ。」



そう言い残して、去っていった後ろ姿。

ふっと、煙のように消えてしまいそうな男は見えなくなった。

不思議な男だった。よもやしたら私は気付いていたのかも知れんのに。




夜が明けて、お天道様が顔を出す時間に。

この街でも、高いビルから飛び降りた男がいると聞いて。



それから何年待っても、その男はやって来んのだ。


また来るとは、来世ということか?と、皮肉を言ってやれば良かったか。






今でも私は迷いながら、今日も今日とて暖簾を上げる。








――――「珍客招く酒屋の男」Fin.





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