人間に成りたかったモノ
コンクリートの路地を打つ俄雨。
斑点模様を地面に描いていく水滴を掴もうと手を広げる。
冷たい染みが真っ白な手袋を汚していく様を黙って見ていた。
鼻につくのは鉄錆の匂い。
清潔な靴を惜しむこともなく赤黒い物体を踏み付ける。
「 …塵芥が。 」
それは幼い物乞いの人間だったもの。
既に事切れていることは明白であり、顔は苦痛に歪んだまま停止している。
男か女かも分からない襤褸を身に纏う、幼い物乞いは過去の己を沸騰させた。
――― 忌々しい。
もしこの幼子が。
俺に何かを乞うたりしなければ。
そんな“たられば”の話をするならば、幼子は生きていたことだろう。
生ゴミを漁って、隙間という隙間に手を突っ込んで、雨水を懸命に飲んだと言った。
同情を誘うために言ったのだろう。されど、それは真実なのだろう。
それがどうしたという話だ。
真夏に水分がなくて自らを切り裂いて血を飲んだか。
空腹に耐えきれず同じ境遇の他人を殺して人肉を喰らったか。
迫害から逃げるため背中に何発もの銃弾や刃を受けたか。
騙されて奴隷市に売られたことは。
傷から菌が入って真冬に死にかけたことは。
腐りきって泥水に塗れた野菜の屑芯を心から喜んだことは。
“乞うことすら赦されない存在”ではない、貴様が。
この“俺のようなモノ”に乞うたりしなければ。
ぐしゃり、と死体を無意識に何度も踏み躙る。
荒れ狂う激情を表情には出さず、淡々と足蹴にする。
雨音が強まってきたにも関わらず、香り立つのは噎せ返るような赤の匂いだけ。
「 人間に生まれた君は、それだけで幸せだと言っていれば良かったんだ 」
原型がなくなった肉塊を最後に一度踏み潰す。
臓器と肉片、所々に露出した骨が存在を主張するように飛び出ている。
汚れた靴は帰ったら磨けばいい、それまでは雨が落としてくれることだろう。
霧が濃く覆う方面を見れば、不快だった気分も少しずつ晴れてくる。
あそこに生きている人間はいないと知っているから。
「 ……っなんで、俺は、… 」
――――「人間に成りたかったモノ」Fin.