ゆかり荘異世界征服記断章
とある異世界において存在した二人の魔女。
彼女達は神ではないが人でもない。
しかし人間に対し好奇心を持っている存在でもある。
ただ、それが害を及ぼすものか、繁栄を及ぼすものかは、別として。
この地に人が居付き、文明を築き上げ、魔法やら技術やらが発展し始め、人類が世界開拓に乗り出し始めた頃。
まだ人類と邂逅を果たしていない二つの存在が、森に囲まれながらも一定の広場らしき空間を保った場所に居た。
木製の椅子に腰掛け、丸いテーブルを挟んで対極の位置に座するのは銀髪の少女と、赤髪の大人びた女性。
「――君はまた人間に力を与えたね?ヒータ。」
銀髪の少女は幼い表情のまま、両手で机の上に頬杖を着きながら口元を柔らかく緩ませ、正面の赤髪へ囁いた。
身長からして10台にも満たなそうな少女は積み重ねた本を台の代わりとして椅子に重ね、その上に乗りながら漸く机の上に上体が見える程度となっている。青色の瞳は何やら好奇心を宿し、興味深そうに赤髪の女性を見据えていた。
「人類の発展によって世界は豊かになる事もある。今はまだ発展途上だが、アタシが力を与えりゃもう少し先に行ける。それが見えてる時に限ってはこうして助言したりしてるんさ。」
赤髪の女性は、と言えば。椅子の背凭れに身を預けながら足を組み、銀髪の少女に視線を向ける事なく片手に持った厚い本に視線を走らせ、眠たげに欠伸を零している。一見して美しい女性だが、言動は粗暴で姿勢も品を欠いている。それでも、彼女が一度人の前に姿を現せば人々に歓迎され、時には『奇跡の魔女』などと呼ばれているらしい。
そんな二人にも共通点がある。黒い喪服のようなローブを羽織り、マントを着けている姿。黒をベースに白い茨の模様が刻まれていて、ヒータと呼ばれた赤髪の女性はさらに黒い三角帽子を被っていた。
――この二人は、人の姿をしているが人ではない。しかしながら神のような万能存在でもない。
人ならざる、神ならざる、魔女と呼ばれる魔力生命体であった。
「いいなあ、私も行きたいなあ。」
心の底から羨ましそうに声を挙げながら、両足をリズムを刻むように前後に振り、駄々を捏ねるように両手を伸ばして机に突っ伏し、瞼を伏せて気の抜けた表情を浮かべる。そんな彼女の名は、
「馬鹿を言うんじゃねーよ、ゼロ。お前は人間を発展させるどころか面白半分で凍死させるだろ。」
『ゼロ』。それが銀髪の魔女の名である。ヒータとゼロは互いに対極の力を持っているが、それ以上に考えている事もまた少々異なっている。
例えばヒータは人々の繁栄を望み、人々と交流を大事にし、行く行くはその力がこの星そのものの寿命を引き上げてくれる事を願っている。
対しゼロは人々の繁栄も交流も、まして星の寿命など興味の欠片も持っていない。人には興味があるが、決して対等の存在だとか、雑種の存在だとか、そういう認識など持たず――ただただ、好奇心を持っている。ゼロの場合で例えるのであれば、どうしたら人は死ぬのか。
「えぇ…だって、好奇心は大切だよ?この世界がどうやって成り立ったのか、生物はどうして生まれたのか、そういうのって色々な事を試してみなければわからないんだ。人間の文明の中にも、そういうの…実験っていうんだっけ?やってる歴史もあるんだし。」
足の動きを止め、未だに気力の無さそうな表情で口を三角形に釣り上げるような形を作りながら不服を訴えるゼロ。それに対してヒータは再度溜息を零し、
「そういうのも発展だ。人間や知的生命体に任せるってのがアタシらの取り決めだろーが……つーかよ、お前の尤もらしいその言い分、言葉通りに済むなら何も言わねえさ、アタシもな?」
と、反論した。ゼロの行動は、人類の発展を妨げるどころか争いを生む可能性にもなり得るのだと、ヒータは認識していた。
ヒータはかつて、一度だけゼロの好きなように行動させた事があった。その結果、とある国と国が彼女の言葉に誑かされ、滅亡寸前まで争った事がある。ヒータはそんな彼女の行動を警戒し、以後そのような行動はさせぬようこの場所に己の魔力で縛り付け、強制的に盟約を結ばせたのだ。
当然、そんな彼女には不服を募らせるゼロであったが、今は力では適わないので大人しく従っている。従っているが、何かしら彼女の好奇心を刺激する単語を口にした途端不服を垂れ流す。そんな事を幾度となく繰り返したが、結果として人類の発展は順調であるのでヒータはそれが正しい事だと考えていた。
「別に、こんな事を言ったらどうなるかなって言っただけなんだけどなあ……。ま、いいさ、私だって弁えてる。」
表情を消し、諦めた様に溜息を零すとゼロは体を起き上がらせ、そのまま背凭れに寄り掛かり、仰け反っては平らな胸を突き出すようにして背伸びをした。
怪訝な様子で視線を向けたヒータだったが、それ以上の不服が零れないと見れば視線を本へと戻す。
そんないつも通りの変わらないやり取りを繰り返し、慣れ過ぎてしまったからだろうか。
ヒータはとある変化に、未だ気付いては居なかった。
「………ヒータ。」
「なんだ。」
「なんでもない。」
「じゃあ呼ぶな、私だってそんなに暇じゃないんだぞ。…っと、またこの事件か。」
ぶつぶつと独り言を呟くヒータは既にゼロを意識外に追いやっていて、彼女の声を聞き流した。
そんなやり取りは今まで無かったのだと、気付く事も無く。
(だから君は、詰めが甘いんだよ……ヒータ。)
純粋に。しかし歪に。ゼロは仰け反った姿勢のまま笑みを浮かび、姿勢を戻すと俯いて、一層その笑みを深めると、ゆっくり顔を挙げてヒータの姿を見据えた。
――嗚呼、なんて鈍いんだ。君は本当に、どうして。
内心で囁くような言葉を並べていく。
魔力の流れを瞳に映しながらゼロはただただ、愉快そうに微笑みを零す。
ヒータの体が、以前よりも縮んでいる。
ヒータの魔力が、以前より薄れている。
ゼロには分かった。
間も無く、彼女の時代が終わりを告げる事を。
幾ら貢献しようとも、願いを託そうとも。人々はやがて、そんな彼女の事さえも。
「世界は面白い。ね、ヒータ。」
本に記される人類の記録。それを読むのに集中している彼女には、決して聞こえないような。愛おしい者に囁き掛けるような声色で。
ゼロは今までにない程に慈愛に満ちた笑みを浮かべたのだった。
――世界が歪みを迎える時までの、その一端のお話。