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「結局、空振りでしたね……」

 蒼月は僅かな落胆をにじませながら呟いた。

 精霊域の中心にある社。そこから少し離れた木の根元に腰を下ろした蒼月は、隣のリュートを仰ぎ見た。

「〈狼〉とここは関係無かったみたいですね」

 精霊域に来たふたりは、精霊域を管理する〈大地人〉達に聞き込みをしてみたり、精霊域内を見て回ったりした。

 何かしら異変の前兆のようなものがあれば、と考えていたものの、ここにそれらしい事件や爪痕などは無かった。〈大地人〉達への聞き込みも同様だ。

 強く期待していたわけではない。だが、こうも何も無かったとなると、完全な無駄足である。精神的な疲労が来たのも無理は無かった。

「そうでもないよ」

 リュートは隣に座りながら首を振った。

「確かに直接の関係は無かったようだが、伝承という形で似たような話が聞けたからね」

 精霊域を管理する〈大地人〉達曰く、精霊域に異変が無かったのは事実である。どんな小さなことでも、と聞き込んだが、結局それらしい情報は得られなかった。

 だが今回の〈狼〉達の話を聞いて、ひとりの〈狼牙族〉がある昔話を思い出した。

 かつて、〈狼〉に家族を喰い殺されたひとりの男が、その復讐にトライファング周辺の狼を殺し回った。

 だが殺された〈狼〉達の怨念は、やがて魔物となって男に襲いかかった。自身の過ちに気付いた男は恐ろしさにおののき、逃げたものの、最終的に骨のひとかけらさえ残さず魔物に喰い殺されてしまったという。

 その魔物というのは、見た目こそ普通の〈狼〉だが牙に毒を持ち、子供を産んで群れで襲いかかるという。また人間に殺された怨みから誕生したゆえか、襲うのは人間のみでほかの動物は襲わないらしい。

 時代も定かでは無い、本当にあったかどうかもあやふやなおとぎ話。だが、奇妙に一致する符号は、無視するには気にかかった。

「だけど、もしこの伝承が本当だとして──何で今、この時に現れたのかって理由が解りません」

 何の理由も無く復讐の獣が甦るとは思えない。何か理由があるはずだ。〈エルダー・テイル〉にのっとって言うなら、発生条件が。

 この辺りは、ゲームの時と変わらない。勿論複雑化してはいるが、ゲーム時代で言うイベントが発生するには、その引き金となる原因があるのである。

 先の〈緑小鬼〉の大侵攻がいい例だ。あれは〈大災害〉の影響で、〈ゴブリン王の帰還〉の難易度を下げるためのクエストができなかったがゆえに起きた出来事だった。

 今回も何かしら見落とし、あるいは発動条件を踏んでしまったがゆえに起きた可能性がある。

 勿論全てがゲームと同じではないのは承知の上だ。あらゆる可能性を考えて対処しなければならないだろう。

「とりあえず俺、〈D.D.D〉にここのクエストについて洗ってもらうようにします。あらかた覚えてはいるけど、見落としあるかもしれないし、忘れてるものもあるかもしれないので」

 蒼月は十年のプレイ歴を持つ熟練者だ。大抵のクエストは頭に叩き込んでいる。

 だが、自分に関係するクエスト以外だとどうしてもその知識には穴が出てきてしまう。ここは〈狼牙族〉や〈武士〉に関連するクエストが多いから知識量もかなりのものだが、全てを網羅しているわけでもない。

 ここに来る前にあらかた調べ終わってはいるものの、完全では無かった可能性だってある。今回受けるつもりのクエストを中心に調べていたので、あってもおかしくはないのだ。

 もうひとつの可能性として、〈ノウアスフィアの開墾〉によって追加されたクエストの発動がある。

 これだと、今までの知識は一気に無駄になる。連作のクエストの続編というならともかく、独立したストーリーを持つクエストだったら、一から情報を集めなければならない。レベルキャップが更新された拡張パックの新クエストとなると、今までよりも高いハードルの上級者向けである可能性が非常に高い。場合によっては、いったん撤退も視野に入れなければならないだろう。

 これが、ゲームであった頃なら。

 付加能力を持った数不定の〈狼〉。その親であろう推定ボス。クエストが発動したそもそもの原因。

 それらは、果たして〈大地人〉に対処できるものなのか。

 今ここで蒼月達がいなくなれば、彼らに成す術はあるのか。

 もしこのまま〈狼〉達が増え続ければ、〈ゴブリン王の帰還〉の時の二の舞になるかもしれない。

 ゲーム時代なら気にしなかった。〈大地人〉はただのNPCで、死にはしなかったのだから。

 だが、今は違う。〈大地人〉は生きている。この街で生活し、笑ったり泣いたりしながら、〈冒険者〉と同じように日々を過ごしている。

 それを壊すことを、蒼月達は看過できない。

 自身の想いを再確認した蒼月は、よし、と気合いを入れ直して、念話を入れようとした。

 だがその前に、ホムラからの着信が入ってくる。

「……?」

 蒼月は首を傾げながら、念話を繋げた。もしかしたら、何か有力な情報を掴んだのかもしれない。

『蒼月、ちょっと街の外に出てくんねぇ?』

 挨拶も無く、ホムラはまずそんなことを言った。声音が若干上ずっている。珍しく、焦っているようだった。息も乱れがちなことから、もしかしたら激しく動きながら喋っているのかもしれない。

「ホムラ?」

『例の〈狼〉が、来た。今、リリアと応戦してんだけど、ふたりじゃきちぃ』

「っ、解った。すぐ行く。月華には俺から連絡入れるから」

「蒼月君?」

 蒼月が答えると同時に、隣のリュートが不思議そうに声をかけてきた。振り返ると、眉をひそめてこちらを見ている。

 蒼月はなるべく声を抑えながら言った。

「例の〈狼〉が出たみたいです。今ホムラとリリアが応戦してます」

「! 解った。行こう」

 リュートはすぐに表情を切り替えて立ち上がった。蒼月達と旅をした影響か、緊急時の対応がすっかり早くなったリュートである。

 同じく立ち上がりながら、蒼月はまだ続いていたホムラの話に顔をしかめた。

『それと、あいつらのタグ、変わってる。モンスター名、〈復讐狼アヴェンジャーウルフ〉、だってさ』

 それは、先ほど聞いた話を想起させるには充分だった。


    ───


 ホムラとリリアが〈大地人〉に助けを求められたのは、妙な話を聞いた直後だった。

 最近、普通の〈狼〉が減っている。それも、目に見えるレベルで、である。

 よくよく聞き込んでみると、〈狼〉は一ヶ月ほど前からほとんど姿が見えなくなり、それから二週間ほどの間を置いて、あの妙な〈狼〉が出現し始めたらしい。

 間隔が空いているため、通常の〈狼〉があの特殊な狼に追い立てられたという可能性は低い。だが、全く因果関係が無いとは言い切れないだろう。

 もっと詳しく聞こうとしたのだが、間が悪く件の〈狼〉が現れたという報せが届いた。最初の襲撃の時、また現れたら報せるようにと頼んでいたのだ。街の入口に近い場所で聞き込みをしていたため、ホムラとリリアに真っ先に届いたようだった。

 まず状況を確認しようと障壁をかけ、ふたりで街の外に出た。道をまっすぐ進めば、すぐに例の〈狼〉達に行き合う。

 ふたりを出迎えたのは、倒れた荷車と、散乱する荷物。その中でうろうろと動き回る〈狼〉の群れだった。

 数は二十を優に越えているだろう。もしかしたら三十以上いるかもしれない。大きさは変わらないにも関わらず、数のせいで必要以上の威圧感があった。

 爛々と輝く金色の瞳はより凶悪になっていて、剥き出しの牙はよだれで毒々しく光っている。

ホムラは首を傾げた。先ほど戦った〈狼〉達より禍々しい気がする。なんとなく〈狼〉達のタグを確認して──警鐘が頭の中で鳴り響いた。

「リリア、先頭に〈カタツムリ〉頼んだ!」

「え、あ、う、うん!」

 ホムラの叱責に似た声に、リリアは慌てて〈のろまなカタツムリのバラット〉を発動させた。ホムラはそれと同時に、自身に〈天足法の秘儀〉をかけて走り出す。

「え、ホ、ホムラ君!?」

「攻撃サポート頼んだっ」

 ホムラのレベルは、リリアより高い。ならリリアが前衛に立つより、ホムラの方がよほどうまく立ち回れるだろう。

「〈雲雀の凶祓い〉!」

 ホムラは更に自身に補助魔法を付与しながら、手近にいた〈狼〉に斬りかかった。

 ──ありかよ、そんなん。

 籠手越しに伝わる感覚を認識しながら、ホムラは今なお表示されている〈狼〉のタグを睨み付けた。

 先ほどまで、〈狼〉というエネミーだと思っていたもの。

 先ほどまで、〈狼〉というエネミーだったはずもの。

 今そこに表示されているのは、〈復讐狼アヴェンジャーウルフ〉という、未知のエネミー名だった。

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