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「現実的に考えれば、当然と言えば当然なんだよな」

 月華の呟きに、☆なゆた☆は首を傾げた。

「何がです?」

「〈狼〉達のレベルだよ」

 月華は苦笑をもらした。

 トライファングの問題を解決するためにもまずは情報収集が必要だろうという結論を出した月華達は、トライファングで手分けして聞き込みをすることにした。

 傭兵達はここ最近急に、ぐらいの認識しか無かったが、もしかしたら何かの予兆があったかもしれない。そんな考えで街の住民に話を聞いて回ることにしたのである。

 結果は芳しくなかった。せいぜいが狼の被害が出てきたのはいつか、どんな被害があったのかが具体的になるだけで、予兆や前兆と思えるものは、少なくとも住民達は感じていなかったのである。

 じわじわと、まさしく子狼が成長するのに従ってその影響が広がっていったようだ。

 月華は組んでいた☆なゆた☆を見下ろす。なゆたは小柄というわけではないが平均的な身長で、一方の月華は女性としては背が高く、おまけにヒール分もある。普通に並んでいては見下ろさずにはいられなかった。

「ゲームでは、敵としての〈狼〉はみんな成獣として現れていた。でもここは現実だから、動物は当然子供から大人に成長するんだ。人間だってそう。そして成長するに従って、レベルも相応に増える。まあ、3とか4とかその程度だけどね」

 レベルとステータスを通常の成長に当てはめれは、子供はレベル1だ。

 ゲームだったらレベル1でも最低限戦えるし、そう考えると子供、特に赤ん坊だったらそもそもレベルは無いと言えるのかもしれないが、この世界にレベルの無い生き物はいない。

 そして、ステータスも軒並み最低値だ。パワーやスピードは1や2、殴られてもそこまで痛くないし、走るのもそんなに早くない。HPも10にも満たないだろう。

 けれど大人に成長すれば、ある程度の体力も筋力も身に付く。レベル上げとはまた違う、生物として当然の成長である。

 人間にそういったものがあるのなら、ほかの生物も例外では無いはずだ。勿論、それを含めても〈狼〉達のレベルは上がり過ぎなのは事実なので、そこには何かしら理由はあるはずだが。

 月華としては当然のこと──生き物にとっての当たり前を話したつもりだったのだが、☆なゆた☆はいまいち理解しがたかったらしい。不可解と言いたげな顔で首を傾げた。

「でも、〈狼〉はエネミーですよね」

「うん、ゲームではね。でも現実では狼も生きてるんだから、成長するのは当たり前だよねって話。狼だけじゃなくて、動物は全部当てはまると思う。勿論、〈緑小鬼〉とかはどうか解らないし、アンデット系は確実に無いだろうけど」

「だから」

 ☆なゆた☆は若干ふてくされ気味に言葉を紡いだ。

「〈狼〉はエネミーなんでしょ?」

「うん? まあ、敵って意味でなら」

「そうじゃなくて、ゲームのモンスターですよね」

 ここで月華は、違和感を覚えた。

 ☆なゆた☆の言い方は、おかしい。月華は〈狼〉を生物として話しているのに、☆なゆた☆はあくまでゲームの敵キャラとして扱っている。

 それはあまりにはっきりとした認識の齟齬だった。

 ☆なゆた☆は、生物として生態系に根差しているこの世界の〈狼〉を、生物として(、、、、、)認識していない(、、、、、、、)のだ。

 戸惑う月華は、しかし、それが当然だということも解っていた。

 なぜなら〈エルダー・テイル〉なら、それが当たり前だったから。

 〈狼〉は〈狼〉という名のエネミーで、動物というカテゴリの敵キャラで、生態系という概念を持たないデータ上の存在だった。

 けれどそれは、あくまでゲームの中だけの話だ。

 今ここに立っている場所は、確かに〈エルダー・テイル〉の世界そのものであるが、疑いようもない現実世界である。この世界に生きているものは、月華達〈冒険者〉も含めてそれぞれの意思と生命を持っている。〈大地人〉も、動植物も、モンスターも、亜人族も、全て例外無く。

 月華はこれまでそれを痛いほど理解していた。この世界は、ゲームとそっくりそのままの現実なのだ。

 けれど、☆なゆた☆にとっては。

「〈狼〉が成長して、しかも変な能力を持ったってことは、ただクエストが発動しただけですよ。月華さん、難しく考えすぎ」

 ☆なゆた☆の認識は、正しい。〈狼〉のレベルと、麻痺毒を持つ牙。このふたつは、おそらくクエストが発動したがゆえの異常事態なのだろう──ゲームであれば。

 月華とて、ゲームと現実の境界が曖昧になることがある。今でも疑問に思う時があるぐらいだ。しかし、そのたびにここが現実だと思い出すので、ゲームそのものだと思うことは無かった。

 しかし☆なゆた☆は、おそらく違う。

 ──この娘は、ここがゲームの中だと未だに思ってるんじゃないか。

 まさかとは思う。

 この世界に〈冒険者〉が引きずり込まれてもう随分たった。

 外界との交流を遮断してしまったならともかく、この世界に関わっていく中で否が応にも疑問に持つはずだ。すなわち、どこまでがゲームと同じか否かだ。少なくとも月華はそうだったし、仲間達もそうだった。

 その、はずだが。

「やっぱり新パッチの影響かなあ。攻略サイト見れたらいいのに。もしかしたらもう攻略してるユーザーいるかも!」

 ☆なゆた☆は言った。

 その言葉はゲームをする上では普通の反応であり──だからこそ、月華には異様に映った。


   ───


 蒼月とリュートはトライファング中心である精霊域に来ていた。

「山の中の神社かあ……伏見稲荷思い出すなあ」

 蒼月は学生時代、家族で行った京都旅行を想起する。

 トライファングの精霊域は現実世界では三峯神社という神社が存在し、この世界と同様山の中にある。それが、稲荷山に建てられた神社を思い起こさせたのである。

 ゲームだった時はともかく、現実となった今では、ちょっとした山登り状態だ。

「こういう時、〈冒険者〉でよかったと思うよ」

 リュートは乱れた息を軽く吐き出した。

「元の身体だったら、確実に倒れてたよ」

「急な階段が続きますからねぇ」

 蒼月とリュートが見上げる先には、石で造られた粗雑な階段があった。

 こまめに手入れはされているのだろう、壊れたり酷く汚れたりしている様子は無く、周囲の様子も相まって素朴さに繋がっている風でもある。

 それでも、階段そのものの厳しさは取り外せない。体力の無い者や足腰が弱い者は見ただけでリタイアするだろう。

「ここに手がかりがあればいいんですけどね」

 そう呟く蒼月は、目視できる距離まで近付いた社を見つめていた。

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