表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

 それまで若宮大通を西へ走らせていたセダンを、大津通に差しかかったところで左折させれば、そこはもう大須だ。フロントガラスの右の隅で併走していた高速道路が引っ込み、それと入れ代わりに、大津通の賑わいを両手に確認できるようになった。相も変わらず、家族や友達と連れだって休日の昼間を過ごす人たちで、歩道が混雑していた。かくいう俺も、そのうちの一人。

 助手席に座る俺の息子は、押さえつけてくるシートベルトに負けじと体を前に倒して、興奮気味に「おぉー」と嘆息しながら、左手の歩道に見える歩行者たちを見ていた。今年で六歳になる息子にとって、大須を訪れるのは今日が初めてだ。

 この可愛い一人息子は家にいても退屈してしまい、俺に遊び相手になるようねだってきた。平日はいつも仕事でひぃひぃ言っている俺に、休日の子供の相手は荷が重い。遊ぶとなったときの子供は疲れ知らずなのだ。小さな怪獣かと錯覚するほど。しかし道連れにしようとした嫁は、息子の通う幼稚園で知り合ったママ友との食事に、書き置き一つ残して、いつの間にか出かけてしまっていた。

 家の中で息子と二人きりになり、いよいよ逃げ道のなくなった俺は腹をくくり、こいつをどこか遊び場へ連れて行くことに決めた。家で相手をするよりは、そのほうがいくらか気楽だと踏んだからだ。東山動植物園や名古屋港水族館でも良かったのかもしれない。しかし俺は結局、自分の通い慣れた大須商店街に来ていた。

 一人で訪れるのが恐いから、息子を連れてこようと思ったのかもしれない。通い慣れたとは言っても、ここ五、六年かは、大須から足が遠ざかっていた。それは半ば意識的なものだ。地下鉄に乗っていても、路線図や駅の表示板に「上前津」や「大須観音」の文字が見えると、目をそらすようにしていた。

 スクランブル交差点で右折。セダンを赤門通りに進入させる。スガキヤの前を通過して、そのすぐ隣の立体駐車場に入った。発券機で駐車券を取る。アクセルを浅く踏み込む。螺旋状の緩い傾斜を、セダンがのろのろと上がっていく。休日の万松寺パーキングビルとなれば、そうそう空いているはずがない……。そう思っていたが、案外すぐに駐車スペースは見つかった。

 駐車場中央の柱には、黄色で塗りつぶされた蝶のシルエット。万松寺ビルの各階には色分けされた生き物のシルエットが描かれている。黄色の蝶ということは、ここは三階だ。

 後ろ向きにセダンを駐車した。エンジンを切る。

 シートベルトを外しながら、俺はもう一度、柱に描かれた黄色の蝶を見た。

 最後に親父と大須へ来たときも、たしか、ちょうどこの階に駐車したんだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ