ハローワークの斉藤さん
1.
これで何度目だろう、と職業安定所への道を歩きながらT氏は思った。
彼の働いていた食品加工工場が一気に機械化されたため、2ヶ月ほど前に彼は他の数百人と同じくあっさりと職を失うことになった。
『軽作業の機械化及び生活保護に於ける対象についての法案』が可決され、T氏の働く工場だけでなく多くのライン工などが一気に失業した。
生活保護が手厚くなったことで失業者は働く必要がなくなり、同時に働くことをやめたい人が法律の影響により続出した。T氏自身も初めの内は毎朝の通勤ラッシュに巻き込まれることが無くなり、却って開放的な気持ちで失業生活を楽しんでいた。
しかし1月もしないうちに、このままで良いのかという漠然とした不安に陥った。こういった傾向は他の失業者にも多く、失業したときと同じく多くの人が一気にハローワークに殺到した。しかし機械化の波は大きく、彼らに提供する職はもはや存在していなかった。
2.
「お早うございます。」
「お早うございます、今日も会いましたね。」
「どうも家にいても落ち着かないもので。」
T氏がハローワークに行く前には、大抵S氏と出会う。彼もまた機械化により職を失い、T氏と同時期にハローワークに通うようになった人物である。
「調子はどうですか、いい結果が来そうでしょうか。」
いい結果が聞ければここには通わないよ、と思いつつT氏は返事をする。
「全くですよ、最近はここに通うのが趣味のように周囲に見られる。」
「それは参りましたね。」
とS氏は笑って見せた。その笑みに嫌味や悪意は感じられず、思わずS氏も笑ってしまう。ふたりとも疲れたかのような笑みを浮かべるしか無かった。
「それじゃあお互い頑張りましょうか。」と言ってS氏は去っていった。
ハローワーク内に入ったものの、そこにいる人達は大抵いつもの顔ぶれだった。普段から会話をする間柄でもなく、周囲の人に軽く会釈で済ます。申し込みの準備を済ませて呼び出しを待つT氏。ふと、ある顔に気が付いた。ハローワーク内で受付業務をしていたA氏である。T氏は何度かA氏の世話になったことがあった。
「お久しぶりです、どうされましたか。」
「これはどうも、とうとう私も職を失うことになりましてね。」S氏は驚愕した。
「ここでも機械化の波が押し寄せていましてね、Tさんも同じように職を失ったでしょう。」
「事務系の人が機械と交代するのはまだ分かります、しかしAさんは面接が主な仕事ではなかったですか。」
「新しく面接用のロボットが入りまして。昨日で自主退職ですよ。」
「面接用のロボットって、いったい何なのですか。」
「なんと説明して良いやら、とにかく一度見ていただければ分かりますよ。」
しかし、とA氏は付け加えた。
「私に言わせればあれは面接なのか疑問ではあります。」
3.
面接用のロボット、とやらに呼ばれて部屋に入るT氏。失礼します、と最近習いたてのような礼儀挨拶を心がけ、そこにいる面接員を眺める。いや、面接員はいない。
T氏が見たのは、薄いガラス越しにある巨大なカメラだった。驚きのあまり、部屋全体を見渡す。部屋は真っ白で、T氏が座るであろうパイプ椅子一脚が置かれている。ドアと反対側の壁が薄いガラスで張られており、更に向こうには先ほどの巨大なカメラが置いてあった。証明写真機のようだ、と異様な風景に思わず体が固まるT氏。
『ご着席ください』と、いかにもな女性の機械音声で告げられた。失礼します、と返す声も張らず、自分ですらなんと言ったのか分からない。
『着席時の体重、身長、体脂肪率を判定しました。継続的な肉体労働は困難と判断されます』いきなりの声に慌てるT氏。こいつ、こちらのことを勝手に判定したのか。
『これまでの面接における情報処理能力、計算能力、学歴、資格や趣味などを考慮します。貴方の結果ではこれによる特別な加点はありませんでした』こちらの意思とは無関係にコンピュータが告げていく。
『前回の面接以降、特殊な資格の所得あるいは所得予定はあるでしょうか?』唯一T氏に許された発言。一つだけT氏には思い当たりがあった。
「ぼ、簿記3級を取る予定が有ります」
『資格を所得次第、再びハローワークにお越しください。現在申し込みできる職業はありません』
S氏は無言で部屋を出るしか無かった。
4.
「お疲れ様でした」と部屋をでるや元ハローワーク事務のA氏が声をかけてきた。
「どうでしたか?」
「どうでしたもなにも無いよ、なんだアレは一体」
「面接用情報処理、画像診断測定器です。ネーミングは面接官のようにしたほうがいいということで『斉藤さん』になったそうですが」
『斉藤さん』。そんな機械に自分の職を判断されるようになったのか、とT氏は驚きを禁じ得なかった。
「何だか疲れたよ、私は」思わずハローワークの席に沈み込むT氏。肩を叩きながらA氏が傍に座った。見るとS氏も来ている、どうやら彼もダメだったようだ。
「どうですか、ダメな者同士今日は飲み会でもしますか」
「いいんですか、ハローワークの事務の方がそんなこと言って」T氏はかろうじて反応する。
「いいんです、言うなれば奴は元上司。上司の文句を言うのは居酒屋で、と相場は決まっています」そんなものなのか、とT氏とS氏は思う。
ともあれ、3人の大人は「元上司」たちの文句を言いに夜の街に消えていった。
ちょっと前に書いてたものをぶち上げるスタイル。
多分海堂尊さんのガンコロリンの影響が大きいので
皆さん読みましょう。