二章 分相応の実力 5
「彼女が先鋒ならば、私が当たらねばなりません。勝つにしろ引き分けるにしろ、ユトリアは私が必ず潰します。ですから、先鋒は私が。次鋒はウイッシュ」
「おう」
野太くも力強い答えにウララは満足げにうなずき、
「中堅はモーリア、あなたに任せませす」
「異論はない」
囁くように、それでいて真摯な眼差しで答えるモーリアへ短く謝辞を述べたウララは、次にナフューを見て副将へ就くよう要請した。
「副将ねぇ。柄じゃないなぁ」
「それでも受けてもらいます。最後の大将戦では、勝たなくとも引き分けてもらえればよいのです」
「ふーん。ま、それならばやりましょうか」
「頼みましたよ。そして」
ウララの睨みが来た。
「あなたは大将をやってもらいます」
なるほど、勝ち星争いで勝つ気か。
ウララが思い描く戦績は三勝二敗二分けだ。先鋒は引き分け、次鋒と中堅が一勝一敗狙いで、副将が一勝一分けという計算だ。先鋒以外は二戦し、大将にまでは試合を回させない。それだけダンへの信頼度はからっきしなのだろう。
素早く結果を弾き、ダンは苦笑いを浮かべて確認した。
「先行逃げ切り、と言ったところで?」
「そうです。これで勝ちに行きます」
揺るぎない瞳に、ダンは逸らすかのように瞼を閉じた。
なんだか。ちょっとな。……やっぱダメだろ。
どうするかずっと決めかねていたが、ようやく決心した。
我は獣へ至る、だよな。師匠、今回も破りそうです。
断りつつダンが目を見開くと同時に、最後の機会は訪れた。
「異論、ありませんか」
まわりを見渡すウララへ、ダンはおもむろに手を挙げた。
「なにか」
鋭い眼差しと二つの冷めた視線、そして意味ありげに微笑むナフュー。彼らに対し、にやけた笑みを浮かべたダンは異議を唱えた。
「これはぼくの我が侭なのですが、先鋒をやらせていただきたい」
じっくり睨まれた一拍後、ウララは押し殺した声で確認してきた。
「……本気ですか」
「ええ。それにぼくは大将の器じゃない」
「器など。これは勝つか負けるかなのです。我が侭は言わないでください」
だよなぁ。その通り。……しかし、なんというか。
却下されるのはわかっていたが、実際されてみると心に来るものがある。
どんどん嫌われていく。ぼくはなぁにしてんだろ。
笑いたくなる衝動を抑え、ダンは次なる手を打った。
「勝ち負け。ならちゃんとした戦略を立てるのも代表の責任では」
「私の見立てが、間違っていると?」
「べつにそこまでは。ただ勝つ気でいるのなら、いきなり大将同士が争うのもどうかと思うわけです。おわかりですか?」
少々の嫌みが、ウララの頬を朱に染めさせた。
「私は堂々と!」
「よく考えてください」
吠えるウララへ冷静な声で呼びかけ、ダンは淡々と言い続けた。
「突進してきているのは向こうです。考え無しにですよ。それにわざわざ乗っかるのは、ちょっとねぇ。おかしいと思いませんか」
暗に同類であることをほのめかしているわけだが、本心からではなかった。
でもそういう人だと思われてんだろうなぁ。
実際、ウイッシュとモーリアの視線は鋭い。今にも吠え掛からんばかりだが、すべてウララに任せている節がある。彼らはウララ信者なのだろう。だからやりやすい面もあるが、この状況下では鬱陶しくて仕方ない。
ま、今は無視だ、無視。本命が落ちればどうでもいい。
意を決し、ダンは畳みかけた。
「いずれあなたは王国の将となる人でしょう? 将ならばどうしますか。少しでも勝つ手を取るのが国のためでは?」
唇を噛み、ウララは進行表へ目を移す。
よしよし。これで決めてみますか。
「いいですか、我々は大将の駒です。戦略上、あなたの命令でどこへでも。ならば戦術を有利に運ぶために、戦略の段階で相手の力を削ぐのは上策でしょう? そう、あなたの命令で」
そこまで言ってダンは押し黙った。
いきなり顔を上げたウララがダンを睨んだのだ。今までにない鬼気迫る雰囲気をまとってだ。
さすがジェッカー。
英雄の子孫であり、将の器として宿命づけられた者だけはある。
ぼくには無いものだな。
気圧されるほどの高貴さと、剛毅な心が作り出す精神波動を感じつつ、ダンはウララの言葉を待った。
誰しもが口を閉ざし静寂が辺りを包むなか、闘技場から選手紹介の声が聞こえだし、名が呼ばれるごとに客の歓声が沸き起こる。その声を背に、ウララは怒りを抑えた口調で話しはじめた。
「私はあなたを信用していません。理由は今までの試合です。あなたは真剣に戦っていない。そんなあなたがユトリアと戦いたいという。その本心を聞かせて欲しい」
本心か……君のため、なんて言えないか。
陳腐すぎであり、遅すぎであった。
ならもう一つの本心で行きますか。
「捨て石ですよ。でも戦ってみたいのです。本気でね」
「本気、ようやく出すと?」
「ええ、出します」
即答を受け、ウララは眼を細めて矢継ぎ早に変更を口にする。
「中堅ウイッシュ、副将モーリア、大将ナフュー。私は次鋒を務めます」
最後に一呼吸置き、
「ジェスラ・ババンギ・ダン、これであなたの望み通り。先鋒として、それ相応の働きをしてもらいます」
「やらせていただきましょう」
にこやかに答えたが、笑顔の人物はダン以外に誰もいなかった。