二章 分相応の実力 4
遅れて到着したダンとナフューを待っていたのは、案の定ウララによる怒声であった。
顧問は老齢のためか先に就寝していたが、ウイッシュとモーリアの視線は鋭く冷めていた。それでも小言はウララに任せるのか罵倒などは少々程度という状況下で、ダンらは不運な事情を身振り手振りで説明し、情に訴えつつ怒りを沈めることに専念したが、より一層呆れられて、二人対三人の溝は深まっていく。
しかし大会ともなれば話は別のようで。
試合がはじまれば、ダンやナフューが戦っていようがちゃんと仲間としての声援がやってくる。
それに応えるべきだとダン自身も思っていた。
常識的見地からすれば妥当な判断だ。
なのにダンの動きは精彩を欠いた。
心の奥底にある『掟』がダンの剣先を鈍らせたのだ。
それでもなんとか負けはせずに引き分け続け、結局セサミ上級校組は一日目の団体五剣士戦を毎試合四勝一分けの成績で勝ち残り、二日目の準々決勝を迎えることになる。
◇◇◇
準々決勝の組み合わせ抽選へ出向いた我らが代表ウララを控え室で待つなか、ダンは鼻歌まじりに壁際へもたれていた。
とりあえず、一安心だな。
ナフューの提案は二日目まで是が非でも残ること。
二日目まで残った組は『八傑集団』とも呼ばれ、各組に準々決勝までの賞金が出る。その額、五名で割ったとしてもダンとナフューが失った金額を軽く上回るものだった。
これで帰りは大丈夫。
手元に来た賞金を前に、二人は固い握手を交わしたものだった。
もう思い悩むこともないのさぁ。
金はある。
守護警士資格試験への推薦を得るにも、八傑集団入りしたとなれば充分な成績だ。
すでにダンの目的は達せられた。だからか意気揚々で、時折金額を思い出してはにやけたりしていたのだが、控え室に入ってきた厳しい表情のウララを見て、ダンは即鼻歌をやめた。
重苦しい空気が漂い出すなか、ウララは進行表を机に広げ、
「準々決勝の相手は、レイヨリオ上級校。しかも第一試合よ」
ウイッシュとモーリアが息をのみ、ナフューが軽く口笛を吹く。しかしダンは小首を傾げるのみだ。それを見てか、ウララがため息混じりに付け足した。
「レイヨリオには、私の従姉妹がおります。名をジェッカー・ローズン・ユトリア。彼女は並大抵の相手ではありません。もちろんレイヨリオの五剣士もまた優勝候補です」
「つまり、ヤバイ相手と」
ダンの問いに、ウララは睨んだだけで話を続けた。
「勝ち続ければいずれ当たる相手です。こうも早いのは不運でしたが。我々は一歩も退くわけにはいかないのです」
ぼくは退きたいですけど。
口にせずダンは視線を走らせた。
巨漢のウイッシュと、細身のモーリア。彼らはしっかりとうなずき、やる気に満ちているように見える。そして今や盟友ともなったナフューは、肩をすくめただけだ。こちらはやる気のやの字も感じられない。
こりゃ、ダメかな。
自分のことを棚に上げて悲観していると、ウララのほうも士気の低さを感じ取ったのか小さく首を左右に振り、
「敵、レイヨリオは対戦相手が我々と決まってから、先鋒を変更してきました。こちらもそれ相応の手を打たねばなりません」
相応の? つーか先鋒はぼくだったはずだが。
今までずっと先鋒で引き分け続けてきた。勝たなかったのは『掟』によるものだが、先鋒ならば迷惑も掛けないだろうと判断したからだ。現に、ダン以外は連勝で一日目を終えている。
まぁどこになろうが、やることは一緒だけど。
我関せず、と思うも、ウララの悲壮感漂う横顔を見ていると、だんだん別の思いが湧き上がってくる。
どうせ嫌われてるのに。
自分に呆れながらも、ダンは口を挟んだ。
「あちらの先鋒、どちらさんで?」
「ユトリアです。彼女は五人抜きを宣言しました」
五人抜き? あぁ変わったんだな。
大会初日は勝ち星戦であったが、準々決勝の二日目からは勝ち抜き戦へと変わっている。そのため先鋒一人で五人抜きという無謀なこともできるのだ。
なめられているのか、それとも向こうのやる気が異常なのか。
すべてはウララに対する当てつけなのかもしれない。
どうする、ダン。
決めかねるダンをよそに、ウララが判断を下す。