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蒼き草原の獣 -黎明の時-  作者: 沢井 淳
二章 分相応の実力
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二章 分相応の実力 3

 石畳の上を若干浮いて走るドーマのなかで、メーベルはある男の禿頭を眺めていた。

「ほんとに、ほんとに。お忙しいところ、ご足労いただきまして、我々としても、ほんとに胸のすくような」

「わかりましたから、顔を上げてください」

「はい、ほんとに」

 対面座席に座る恰幅の良い男はゆっくり顔を上げ、しきりに小さな布で額を拭いていた。

 変わりないようだけど。まいるのよね。

 男の名はユペンド・ジス・セジスと言い、メーベルにとってはカナエ上級校時代の剣術顧問であり、現在は上級校剣術連盟の審判長。そして今大会の審判団にメーベルを推挙したのがセジスだ。

 元々セジスから剣を習ったわけでもなく、恩師という関係でもないのだが、学生時代にちょっとした粗相を幾度か見逃してくれた恩があった。ついでにベスタ署の署長と知人だったらしく、署長からも頼み込まれてしまったがために今回の依頼を断り切れなかったのだ。

 気に入らないわ、激しく。

 セジスの不必要なほど腰が低い態度もだが、そもそも今回の申し出自体、最初から乗り気ではなかったのだ。

 せめて切り上げられないものか。

 早く帰りたい思いがメーベルの態度を威圧的にさせる。

「それで、私の拘束期限、減りませんか」

「いや、まぁ流動的というか、試合の結果とでも言いましょうか」

「結局、私が必要なのはジェッカーの血を引く者、あの子たちのみでしょう?」

 英雄ジェッカーの孫にあたる、ウララとユトリアの試合が今回の難題だった。二人の拮抗した実力、本家と傍流故に生ずる憎しみや容姿の問題が混ざり合い、ただの試合と言えども、殺し合いにまで発展する可能性があった。

「そうです、そうなります。ジェッカー同士の試合だけを」

 何度も頭を下げるのは、べつにメーベルを恐れているからではない。癖なのだ。しかし癖とわかっていても気に触る。

 はやく着いて欲しいわね。

 苛つきながらもメーベルは肝心の質問を口にした。

「二人がぶつかるのはいつです」

「それはもう、ええ、早くて団体五剣士戦の二日目かと」

「遅かったら?」

「ま、誠に言いにくいのですが、ええ、個人戦最終日あたりに」

「そうですか、最後まで拘束されるのですね」

 四日間、完全に拘束される可能性は確定と言っても良い。

 どちらかが、優勝をあきらめてくれたら。

 あり得ないとわかっていても願わずにはいられなかった。

「ほんとに、ほんとに申し訳ないと」

「ええ、もうそのあたりは充分、わかりました」

 何度も謝られるのは気分良い物ではない。

 まるで私、我が侭言ってるみたい。冗談じゃないわ。

 眉をひそめたまま腕組みし、しばし考え込んだあと、おもむろに眼前の責任者を睨み、

「四日間、やりますよ。ちゃんと。かわりに情報を提供していただけると、ありがたいのですけど」

「な、なんのでしょうか」

「全代表選手たちの詳細な資料を」

「一応、き、禁止なのですが」

「ええ、わかってますけど、なにか?」

 淡々と答えるメーベルに、セジスは溜まった唾を嚥下して、

「で、では内密に」

「もちろん内密です」

「あ、で、でも今は持ち合わせが」

「ジェッカーが絡む五剣士の資料ぐらい、あるのでは?」

「そ、それならばこちらに」

 セジスはあわてて鞄をさぐり、分厚い紙束を差し出してくる。

 用意はしてあっても、こちらが要求しなければ紹介文ぐらいしか見せなかった、というあたりだろうか。

 狡いのよね。やることが。

 内心でぼやきつつ束を受け取り、

「ありがとう、セジスさん」

 ようやく微笑んだメーベルは、無言で資料に目を通しはじめた。

 そうよ、これくらいの役得ないと。

 様々な商売敵が脳裏を過ぎる。

 有能なのが欲しい。喉から手が出るほど。ほかに取られる前に、引き抜いてやる。

 目の前のセジスが微かに震えているのも忘れて、メーベルは鬼気迫る表情でめぼしい人物の査定に入っていった。

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