二章 分相応の実力 2
即答したナフューが肘で小突いてくる。続けと言いたいらしい。
なんなんだ、一体。正直に言えば良い物を。
眉をひそめつつ、ダンは軽く会釈してから話しはじめた。
「いやぁそれがぼくたち、今し方着いたばかりなんですよ。ま、貧乏根性で大会前日にと考えたのがぁ」
そこまで言って、脇腹へ来た衝撃に押し黙ってしまう。
「申し訳ありません、以後、気をつけます」
ナフューの弁に、守護警士は小さなため息を吐いてうなずいた。
「では、早く帰るのですよ」
「はっ、了解しました」
はきはき答えるナフューを一瞥した守護警士は、ダンを見て付け足してきた。
「優勝できるのなら、しておくことです」
「はぁ。まぁできるだけ」
謙虚を通り越したやる気のない答えに、再度脇腹へ衝撃が走る。
「変わってるわね」
微かな笑みを浮かべた守護警士に、路上で待っていた黒い小型の真石動力車『ドーマ』から合図が来る。彼女は早く帰るよう念押ししたあと、迎えのドーマへ乗り込み瞬く間に駅から去っていった。
残された二人は、ぼけっとしたまま見送っていたが、いち早く脇腹の痛さから現実に戻ったダンが口を開いた。
「さて。聞かせてもらおうかナフュー」
「なにをかなぁ」
「たとえ守護警士相手でも甘い言葉を囁く君が、どうしたんだ?」
「ダン、俺にも常識はあるぜ」
「それは初耳だ。ともあれ、なにに怯えたんだ?」
「怯えね。仕方ねぇなぁ」
ナフューは肩をすくめ、思い出すかのように瞳を閉じて語りはじめた。
「あれは俺がまだ幼年学校時だったかなぁ。そう四年前、卒業する年の剣術大会。俺は親に連れられて観戦しにきたんだが、見ちまったんだな。あの鬼をよ」
「それが、今の守護警士と」
「あれだけの上玉だ、見間違えるわけがない。名をラカン・ジョワット・メーベル。今は王都西端ベスタの守護警士。巨大な鎌を扱う姿から『ベスタの美しき死神』とも言われているらしい。噂じゃもう隊長になっているとか。凄腕だぜ」
「凄腕ね」
対峙して緊張はしたものの、そこまで怯えるほど鬼気迫る感じはしなかった。むしろ、厳しいお嬢さん程度だろうか。
知らないから、かねぇ。
などと分析していると、呆れた風にため息を吐いたナフューが睨み、
「凄腕なんだよ。ほんと無知は怖ぇよ」
「はいはい、どうせぼくはなぁにもしらない田舎者ですよ。で、そんな田舎者から質問ですが、なぜベスタの守護警士がここに?」
「そんなもん、わかるわけないじゃない。仕事だろうが。……まぁ強いて言うなら、明日大会があるぐらいか」
「大会ね。そこまではわかるさ。でもそこからがイマイチ」
「イマイチか。まぁここからは俺も推測でしかないが、聞くかい」
「もちろん。で、なにさ」
「俺たち、セミサの学生だろ?」
「うちの学校がなにさ?」
「ほら、五剣士のなかに居るじゃない、とびっきりなのが」
あぁウララか。
とびっきり、という言葉に浮かんだのはウララの笑顔のみ。というより、セミサで重要人物となれば、彼女ぐらいしかあり得なかった。
しかし彼女がなんだ?
小首を傾げつつダンは答えた。
「居ることは居るが、だからなにさ?」
「おいおいダァン、まさかマジ?」
「マジだ。よくわかってない」
するとナフューは、視線を逸らしてしばし押し黙った。
そして一拍後、軽く深呼吸してから喋りはじめた。
「まぁ仕方ないのかもしれない。その点は皆、口にしないからさ。しかしもう知っておいたほうがいいだろう」
「その前振り、重たそうだな」
「少々ね。あと、知っても急に態度を変えるなよ」
「態度?」
「彼女にさ」
「……ぼくはあの一件以来、口聞いてもらってないんだが」
「その点は俺も同じさ」
「さらに言えば、あの一件前も別段、話したこともないんですが」
「……そうか。なら杞憂ですな」
「杞憂ですよ」
「ま、そうであってもだ。彼女に同情は禁物だ」
「同情?」
「あぁ。ウララはな、たしかにジェッカー一族の一人だ。しかし彼女の家系は傍流なんだよ」
「それってつまり、えーっと」
理解がはじまる前に、ナフューは畳みかけた。
「おかしいと思わなかったか。あの英雄ジェッカーの孫が、なぜ王都東端の片田舎で暮らしているのか。まぁそれでもうちらのなかじゃ段違いだし、氏族としてちやほやされる家柄ではあるが。それはセミサだからこその話だ」
おぼろげながらではあるが、ダンにも見えてくる。
疎外されているわけか、彼女……でも。
「それとこの大会。なにがどう繋がる?」
「簡単だ。ジェッカーには直系がいる。しかもウララと同性で同級のジェッカー・ローズン・ユトリアが。こいつが今大会に出ているのは間違いない」
「できるってわけ?」
「そんなもんじゃねぇなぁ噂だと。しかも血筋に誇りを持った超強気なお嬢さまだとさ」
「なるほどね。一波乱ある、感じですか」
「木剣を使う試合でも、マジでやり合う可能性がある。だからこそ、強力な手札を手元に置いておきたい、ってことでメーベル様登場、ってところじゃないかと、まぁ俺の推測だけどさ」
そこまでわかっているのなら、間違いじゃないと思えてきた。
こりゃ嫌な展開になりそうだ。……まぁその前に。
「わかったよ、ナフュー。話してくれてありがとう」
「いえいえ」
「しかし君の話は忘れることにするよ」
「うわ、それってないんじゃないの」
「そうでもない。忘れて考えもしなければ、同情もしないし気に病むこともない」
「そりゃそうだが」
「というより世界が違うね、世界が。君は氏族だから仕方ないにしても、ぼくは平民ですからねぇ。接点なんてこれからもないない」
「まぁそうかもなぁ」
「今回の件、事が起こればまったり眺めるとするさ。それよりも我々は今日最大の試練を乗り越えねばならないだろ」
「……だな」
肩を落としてうなずくナフューを尻目に、ダンは一歩を刻みはじめる。
向かうは今日から四日間泊まることになる宿『大元帥亭』だ。そこには待ちくたびれた引率の顧問と、怒りを燃えたぎらせた五剣士がいるに違いない。
まずは彼らの怒りをどうやってかわすか。
悩ませる問題を抱えつつ、ダンとナフューは重苦しい足取りで駅をあとにした。