幕間 もう一人の獣
揺れるドムフのなかで、スエントを呼ぶ声が聞こえた。
無言で席を立ち、後部座席へ向かう。
灰色の布によって仕切られた簡易の施術室へ入り、台に横たわるナフューを見下ろす。
「成功はしたぞ、スエント」
台の向こうにいる白髪の老人を見やり、
「よくやった。問題は?」
「ない。完璧な人外のできあがりだ」
軽くうなずき、おぼろげに目を開けたナフューへ語りかけた。
「お前は死んだ。回復真術でも心臓は再生ができぬほど、損傷していた。理解できるか」
うつろだが、薄茶の眼だけは動いている。
あたりの状況を探っているのだろう。
「心臓の代わりに、魔真石を埋め込んだ。そいつが今、お前を生かしている。つまりナフュー、お前はもう人間ではない」
目と目が絡み合う。
ようやく、すべてを悟ったのだ。
「お前は歴史の表舞台からは降りてもらう。代わりに我々、ゴーズダリアン王国の暗部『霧の衣』にて、偽りの命を全うせよ」
ナフューは目を閉じ、しばし口を動かしたあと、かすれた声を上げた。
「同情か」
「いや」
否定に再びナフューが見上げてきた。
スエントはおもむろに己の左目へ人差し指をねじ込み、ぬめりと共に目玉をくり抜いた。
「呪われた者の末路だからだ」
くり抜かれた眼が淡く蒼い光を放ち、青みを帯びた水晶へ変わった。
「お前も、人外」
「返答を聞こうか、ナフュー」
微かに口元を歪め、彼は答えた。
「この、くそったれな命、くれてやるよ、ゴーズダリアンにな」
満足のいく回答だった。
また一人、獣が誕生した、か。
一種の感慨めいた思いを抱きながら、スエントは歓迎の言葉を贈った。
「ようこそ、獣道へ」
蒼き草原の獣 第一部『黎明の時』 完
これにて、一部を完結となります。
二部は、ある程度筋はあるのですが、変更をいろいろ。
ということで。
『蒼き草原の獣 二部 血と炎の宴』で、またよろしく。




