表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼き草原の獣 -黎明の時-  作者: 沢井 淳
終章 強行軍は道連れ
36/38

終章 強行軍は道連れ 1

 溜まりまくった報告書の山とメーベルが格闘しているとき、その報は届いた。

 二言三言かわし、諜報員との回線を切ったメーベルは、手にした筆を書きかけの報告書へ置いて、椅子から立ち上がる。

 無言で窓際へ寄って、寝静まった街を眺めた。

 今は雨も上がり、動く者たちも少ない。

 真に静まり返った街だ。

 その静かさが、今のメーベルにはありがたかった。

 なんだろう。この気持ち。

 報告を聞いてから、妙にざらつくような感じがあった。

 悪くない報告だ。むしろ望んでいた報告なのに。

「晴れないわ」

 小さくつぶやき、メーベルは窓を開け放った。

 雨上がりの湿った空気が、春の風に乗ってゆるやかに頬をなぶる。

「悪くないのだけど」

 メーベルは大きく吸って、静かに息を吐いた。

 私らしくないな。

 すべてはあの報告からだ。

 ダンの『時の選別』合格。彼はやり遂げたのだ。気まぐれな女神にも認められたということだ。

 合格、それ自体は喜ばしい。

 配属先もベスタと決まっている。

 優良な駒が手元に来るのだ。計画の補強には持ってこいだった。

 なのに心重くさせるのは、合格への過程を知ってしまったからだ。

「友人殺しか」

 避けられぬものであったとしても、尾を引くことは間違いない。

 しかし越えてもらわねば。彼に未来はない。

 ウストカラベドが囁いた運命への抗い。それにはダンの未来も含まれる。

 私が歩む道よりも、あなたの進む道のほうが険しく、果てしないのかもしれない。

 だから祈る。同じ者への憂いを込めて。

「あなたに幸運を」

 そして微かな笑みを浮かべたあと、メーベルはそっとつぶやいた。

「ようこそ、獣道へ」


  ◇◇◇


 まさしく強行軍だった。

 合格者に休む暇無し。

 ダンもまた、友の死を嘆く間もなく流れに翻弄されてしまった。

 死者を含め、全員の下山を確認し終えた夜半。中庭にへたり込んだままの状況で、解散式は行われた。

 あっさりとネリーが祝辞を述べたあと、スエントへの挨拶をすることもできず、待機していた三台のドムフへ合格者八九名が詰め込まれ、行きと同じく一日かがりの強行軍となったのだ。

 皆疲れ切り、ドムフの中では誰もが眠りへと落ちた。

 ダンも同様で眠りに眠った。

 お陰で、探しに来た執行委員にたたき起こされるというていたらく。

 結局、ドムフは昼過ぎになってようやく、王都ゴズダーンにある警邏組織『アスラゴラス』本部に到着したが、ここでも強行軍は続いていた。

 到着してすぐに任命式がはじまったのだ。

 あわてて、支給された守護警士の制服に着替え、お偉いさん方のくだらない説教混じりの訓辞と祝辞を聞き、起立と敬礼と着席を何度も繰り返しただけの任命式を終えたあと、配属先とドムフの切符を渡されて、たった八九名となった一四五期生は、新たな守護警士として散り散りに派遣されていった。

 なんなんだ、この扱いは。

 呆れながらも手渡された切符に従い、ダンは王都中央アルタント駅でベスタ行きのドムフへ乗り込んでいた。

 乗客者も少なく好きな席を選べるなか、ダンは奥へ奥へと進み、後部座席の右隅っこの席に陣取った。新たに支給され若干多くなった荷物もすべて収納棚に放り込み、溜まった疲れを癒すかのように布地が張った椅子へ身をあずけた。

「あぁやっと一人に」

 そうつぶやいたときだった。

「すみませーん、これ、ベスタ行きですかぁ?」

「あぁそうだよ」

「おぉぉよかったぁ」

「もう出るから、乗るんなら早くなぁ」

「あ、はい、了解しましたぁ」

 やけに元気の良い声が運転座席近くから聞こえた。

 応対したのは、気の良い親父風な運転士だろう。

 お子さまですか……なるべく静かな旅行をしたいもんだぜ。

 などと思っていると、徐々にあの声が近づいてきた。

「あ、すみませーん。どもどもー。あ、ごめーん」

 通路を進みながら平謝りしているらしい。

 なぁにやってんだか。

 呆れながらも無視を決め込み、目を閉じようとしたダンであったが、

「あぁ! 私の席がぁ」

 間近で叫ばれ、あわてて相手を見た直後。

「あぁ! 運命の人だぁ」

「うそだ」

 思わず現実を疑う。

 目の前にいたのは、あのぽやっとして、えへっと笑う、どうしてこんな奴があの試練を乗り越えて守護警士になれたんだ、と誰しもが思わざる得ない、デア・グッド・ポエトラだったのだ。

 まぬけな声を聞いたときに気付くべきだったな。

 頬が引きつるダンを余所に、ポエトラは嬉々として喋りはじめた。

「どうしてですか、どうしてダンがここにいるんですか。え、ということはもしかして私たち、同期ですか、同僚ですか。いやーん」

「ぼくもいやーんだ」

「あら、気が合いますねー」

 屈託のない笑みを浮かべたまま、ポエトラは荷物を奥の座席に放り込んで、ダンの隣に座ってきた。

「あの、ほかにも席があるでしょうが」

「いいじゃないですか。それにそこ、私の席だったんですから」

「指定じゃないでしょ」

「えぇでも後部座席の右側は私専用なんですよ」

「誰が決めた、誰が」

「私がぁ」

「却下だ、却下。そんなもん即却下だ。隅っこが良いのなら左側行きなさい」

「えぇー。でも今はダンの隣がいいです」

「ぼくが迷惑だ。というよりも、君に言っておきたい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ