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蒼き草原の獣 -黎明の時-  作者: 沢井 淳
五章 呪いを越えて
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五章 呪いを越えて 7

 間髪入れず返ってきた言葉に、ダンはうつろな目をしたナフューを直視し答えた。

「あのときが、なんだ」

「あのときさぁダン、あのとき俺は、俺はぁ」

 見開かれた目がダンをはっきり睨み、ナフューが声を荒げた。

「俺はお前にぃ恐怖を、恐怖を覚えた、俺がお前にだぜ。信じられねぇ。信じたくもねぇ。だが対峙したコオルタは確実に感じていたんだ。お前の恐ろしさを。だから俺は、俺はぁ許せねぇ。許せねぇんだよぉダァン!」

 拮抗した鍔迫り合いが、若干ゆるんだ。

 来る。

 引く瞬間を見計らってダンも剣を引き、相手の軌道を追い、再度打ち合う。

 二合三合と打ち続け、最後に下段からの一撃を飛び跳ねてかわし、ダンは間合いをとって呼びかけた。

「なにが許せない、ナフュー」

「なにがだと。よく言う。よく言うなダン」

 怒りに顔が歪んだまま、ナフューは剣を右手のみで持ち、水平に構えてくる。

 幻惑剣、やる気か。

 両手利きであり、変幻自在の軌道を組み合わせた剣に迅速な体術、そしてナフュー自身が持つ精神波動がさらに太刀筋を読ませない。対峙する者は、いつ斬られたかもわからぬまま負けが確定するのだ。

 ぼくに、読み切れるのか。

 五剣士のなかで、ウララ以外で戦いたくなかった相手はナフューだ。

 一番、ぼくに近く、似た型だ。やりづらい。しかしそれ以上に……。

 迷いが心にあった。

 やり合うことよりも、訪れるであろう結果がダンを迷わせる。

 死ぬぞ、確実に。

 スエントの言葉通りだ。迷えば死ぬ。

 なら、迷わねば……ナフュー、君は。

 中段に構え、剣先をナフューへ向けたまま、相手の動きに合わせすり足で円を描いていく。

 次が、最後か。

 覚悟が決まる前に、ダンはもう一度呼びかけた。

「ナフュー、呪いを越えろ」

「その言葉、そっくり返すぜ」

「なにがそこまで。君のなかになにがある?」

「あるんだよ、決して許せない思いが。ダン、アンタはわかっているはずだ」

「ぼくが。なにをだ」

「これだから、これだからアンタは度し難いぜ。ダン、いいか、俺が恐怖を覚えたんだ。ならアンタは、もっと凄く、もっと上へ行かなくちゃいけないんだ」

「上? なにを」

 理解出来ぬダンへ、さらにナフューが吠える。

「なのにダン、アンタはまだ本気すら出しちゃいない! 掟だと? 呪われているのはてめぇだろうが! 茶番もいい加減にしろ! 本気を出せ! 答えが見えぬのなら、俺が教えてやる!」

 意志が波動となりダンを襲う。

 妙な重苦しさを感じるも、ダンはようやくナフューの心にたどり着いた。

 君は、ずっとそうやって。

 押し込めた思いを抱えたまま一緒にいたのだ。

 気付かなかったな。さすがナフューだ。

 感心しながら、最後に確かめた。

「それが、君の真意なのか」

「真意だ。ダン」

 即答と同時に、互いの動きが止まった。

 やる気には、殺る気で応える。

 ダンは徐々に剣先を下げ、地面に掠らせるほど下段に構えた。

 答えは、もう見えている。

 呼吸を整え、目を閉じていく。

 同時に相手の精神波動が膨れあがり、迫る足音が聞こえてくる。

 その合間に一つの記憶が過ぎり、答えを指し示す。

 そうだ。ぼくの迷い。それこそ生死の境目。ぼくが迷わず、本気を出せたのは、そのときだけだ。

 迷わず本気を出せたのは、資格試験時の守護警士ホージィと戦ったときのみ。

 二撃目を受けたとき、すでに答えは出ていたのだ。

 ぼくは生きるために剣を振るう。さぁ思いだせ。

 五感を研ぎ澄ませ。

 相手の鼓動を感じろ。

 さすれば、我は獣へ至る。

「心を、決めろ」

 今こそ、掟を破るときだ、ダン!

 閉じた目を見開き、二重にぶれるナフューの姿を捉えながらもダンは右足を踏み込む。

 先手必勝!

 硬直することなく身体はあざやかに動き、流れのまま、迷うことなく右側のナフュー目掛けて剣を振り上げた。

 風を切る音が左頬を掠める。

 代わりに、ダンの剣先は相手の左肺を貫き、骨ごと斬り上げていた。

 鮮血が顔や手、身体に降り掛かっていくなか、ナフューの身体がゆっくりともたれかかってきた。

 勝った。……でも。

 目の前の男は、今まさに死んでいくところだ。

 しかも己の手で命を狩った。友の命をだ。

「これで、よかったのかナフュー」

「よかったのさ」

 囁く声を聞きながら、ダンはナフューを抱えて地面へ降ろす。

 よくねぇよ、こんなの。

 肺から左肩にかけて裂けた様は、無惨だ。

 顔は血の気が抜け、女子たちに騒がれていた面影はまったく残っていない。

 ぼくが奪ったのか。

 改めて去来する激しい後悔を覚えるなか、ナフューが血を吐きながら最後の言葉を告げてきた。

「ダン、やっぱりお前は……これ、持って」

 右手を少しだけ上げるも、すぐに力尽きて地面へ落ちる。しかし手のひらから、ゆっくりとだが、あの紫の石が浮かび上がってきていた。

 これをか。

 手にしようとしてためらう。

 そんなダンへ叱責が飛んだ。

「馬鹿野郎が! 遺言だろうが。ダン、掴み取れ」

 振り向くと、仁王立ちしたスエントがダンを見下ろしていた。

 いつしか紫の結界は消え、雨粒が降りはじめていた。

 終わったのか。

 忌まわしい結界も、狂った友も、最後の試練も。

 すべてが終わっていく。

 これが、ぼくの選んだ道か。

 こみ上げる思いと後悔が混ざり合うも、ダンは緩慢な動作でナフューの右手に現れたラフマス鉱石を掴んだ。

 そして石は。

 手の中で、まったく変化はしなかった。

 ただ代わりに、どこかで聞いたことのある声が響いてくるだけだった。

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