五章 呪いを越えて 6
「少ないですね」
「まぁ山頂のようにはいかねぇなぁ。登山せずに得ようとすれば、掘るしかなかった時代のだろうからよ」
そう言ってスエントは近くにあった紫の石を手に取った。
「さて、見てろよ。これが判定だ」
判定の響きがスエントから石へ注目させたとき、異変は起こった。
石が、溶ける?
手の中にあった石が形を崩し、指の間から液状になってこぼれ落ちていく。地面に落ちたそれらは再び寄り集まり石となるも、前よりか若干小さくなっていた。
これが判定……って、それって。
思わずスエントを見ると、彼は微笑んでつぶやいた。
「まぁそういうこった。俺は今年もダメだったわけよ」
「そ、そうなんですか」
「おう。こればっかりはどうしようもねぇ。そういう運命なんだよ」
運命って。
たかが石ころの変化だ。なのに、それだけで今までのなにもかもが消え去る。
納得できないだろ。
間近にして、さらに思いが強くなる。
「スエントさんは、それで良いんですか」
「良くわねぇよ。しかしまぁ仕方ねぇ。三度目ともなれば、なんとなくわかるってもんよ。流れがな」
ため息を吐いたあと、スエントは転がっているラフマス鉱石を指差した。
「さぁ次はお前らだ。判定といこうじゃないの」
「判定っすか」
口にしながらも一歩が出なかった。
なにしろ今、目の前ですべてが無に帰す瞬間を見てしまったのだ。
あの姿が自分に降りかからないとは言えない。それがわかっているからこそ、すぐには手が出せなかった。
今までが。そしてこれからが。
「決まるわけだ。この石っころで」
「その通り。だが掴まない限り、なにもはじまりはしないぞ」
スエントの言葉にうなずき、一歩を踏み出すダンであったが動きは遅い。だからか、一陣の風にあっさり追い抜かれた。
「お先に」
「え、ナフュー?」
銀色の髪をなびかせ、ナフューはラフマス鉱石の前へ立った。
「いいかナフュー。現象は人それぞれだ」
「わぁってるよ、スエント。だから俺は、今ここにいる」
吐き捨てたあと、おもむろにナフューはラフマス鉱石を掴み取った。
いける、君ならば。
念じながら、手元へゆっくり引き上げていく様を見守り、
「ナフュー、大丈夫か」
声を掛けたときだ。
石が鈍い紫色の光を放ちはじめた。
なんだ。これ。
異様な光景に釘付けとなるなか、あわててナフューから離れるスエントの姿が見える。
まさか。
嫌な予感が過ぎった直後だ。
「やべぇ、こりゃやべぇ。離れろダン!」
声に反応するも、ダンの足を止める別の声がさらに聞こえた。
「あのときだ」
光る石を掴んだままナフューがつぶやいていく。
「あのとき俺は、俺は」
「ナフュー、石を離せ!」
スエントが叫ぶも、ナフューが答える素振りはない。
どういうこと。
未だ状況を把握しきれず判断に迷うダンへ、スエントの指示が飛ぶ。
「動けダン! 結界に飲まれるぞ!」
結界? 真術のか。
様々な結界を思い描くが、どれもが決め手に欠ける。
その最中、辺りを一斉に紫の光が包み込んだ。
「結界だ! 標的はお前だ。ダン、剣を抜け!」
剣を? なぜ。
言われるままに剣を抜くと同時に、もう一つの鞘走りが聞こえた。
「ナフュー?」
呼びかけながら、ようやくダンは気付いた。すべてが半透明な紫色に包まれ、それ以外の風景が陽炎のようにぼやけていた。その中ではっきり見えるのは、自分自身と剣を抜いたナフューのみだ。
スエントさんは、弾かれたのか。
視線を走らせると、わずかに離れた位置でぼやけて見えるスエントの姿があった。
あの状態なら、無理だな。
入っては来られまい。近づくこともできないはずだ。
しかし声だけは聞こえてくる。
「心象の結界だぞ。あり得ねぇ。いや、万が一に起こるとは聞くが、くそ、呪われやがった! いいかダン、奴の言葉は本物だ。本心だ。疑うな。迷えばお前の命はない!」
呪い? 迷う? ぼくが……そんな。
状況と照らし合わせれば簡単に気付く。
「ナフュー、うそだろ。しっかりしろ!」
叫ぶも、相手はまったく反応を示さないままつぶやき続けた。
「俺はあのとき。あのとき」
なんだ、あのときって。
疑念を覚えるもダンは剣を握る手へ力を込めた。
ナフュー、来るのか。
すでに彼の周りから気圧されるほどの精神波動が立ちこめていた。
あれは。人を殺す意志だ。
今まで対峙し感じた波動と似ているが、さらに昇華されている。たった一つの目的のために。
ぼくは、彼を。
念じた直後だ。
一気に精神波動が膨れあがり、必殺のきらめきをダンは捉えた。
くそったれがぁ!
歯ぎしりし、剣筋を読み切ったダンは、上段から振り下ろされる一撃を剣で受け止めた。
瞬く間に間合いを詰めたナフューが今、目の前にいる。
驚愕しつつダンは吠えた。
「なぜだ! ぼくたちが、なぜ戦う!」
「あのときなんだよ」




