五章 呪いを越えて 5
またも道無き道を進む。
しかも山頂へ向かうわけではなく、なだらかな斜面を登りはするが林道からはどんどん離れて行っている。このまま進めばウトラウ山の裏側へ出てしまう可能性が高い。
あれから結構、進んだよな。
木々の隙間から山頂方向を見上げるが、限りなく黒に近い灰色が遮っていて確認できない。
あの中を行くのもたまらないけど、このまま進むのもちょっとな。
不安から来る疑念が、ダンの口を開かせた。
「スエントさん、そろそろ行き先を教えてくれませんか」
「なんでぇもうか。不安ってか」
「ま、そんなところですよ。雨も降りそうですしね」
先頭を行くスエントは立ち止まることなく空を見上げた。
「雨か。やっかいだがつきものだ。あきらめろ」
「ですか。まぁその点はあきらめますけど。行き先はどうです?」
「そうだな。目的地はあとちょっとだ。一応、採掘跡地ってやつよ」
「採掘、ラフマス鉱石の?」
「もちろんだ。まぁかなり昔のだがな」
「山頂にいかなくても、ですか」
「そういうことだ。まぁ見つけたのも、去年の山頂帰りだったな。むしゃくしゃして一人道を変えて帰ったときに、ってやつよ」
偶然見つけたということだ。
大丈夫なのか。
そんな疑念が過ぎったのは、ダンだけではなかったらしい。
「場所、わかるんだろうな」
「そのあたり抜かりはない。地図も書きまくったしな」
即答であってもナフューの追求は止まらない。
「ならば、なぜ最初から行かなかった?」
「とっておきだからな。それによ、山頂あたりで探すのもちょっとした思い出になるじゃねぇかと思ってだな。まぁそういうことよ」
わからんでもない理由だ。
いきなし裏口ってのも、だよなぁ。
一人納得しつつ、ダンは話へ割り込んだ。
「スエントさん、それはわかったんですが。一つ気になることが」
「なんでぇ」
「結局、ラフマス鉱石のなにが、不合格にさせたんですか?」
「いてぇところ突いてくるな」
「気になりますからね、この際仕方ないかなと」
「仕方ねぇか。まぁいいけどよ。俺が落ち続けたのは、結局持って帰られなかったからだ」
「持って? 袋とかなかった?」
「おいおい。まぁ最近じゃあまし知られてねぇか。ったく」
呆れられるも、スエントは淡々と話しはじめた。
「ラフマス鉱石と言えば、元は真石の材料に使われていた素材よ。今はさらに純度の高いゼスタマスに変わり、採掘されることもなくなったが、今でもラフマスは妙な現象ぐらいは起こす。それ故に資格者判定の道具として使われているわけだ」
「妙な現象ですか。それが原因で?」
「まぁそういうこった。現象は人それぞれだがな」
それぞれか。
なにが起こるのか定かでない分、不安は増すというものだ。しかも今まで積み重ねてきたものが、石ころによって判定されるのも腑に落ちなかった。
「なんだか。むなしくなりません、それって」
「あぁむなしいぜ。とくに俺なんて二回も判定落ちしているわけだからな。しかし真石の純度が高くなればなるほど、人体への影響力は高くなる。守護警士が装備するほどのものとなれば、それ相応の耐久力がなければならん、わけよ」
「へぇ。ってそれなら最初から検査しません?」
「してあるだろ、普通に、密かに。それでも落ちる奴がいるのは、それ以外の理由だ」
してたのか。
思い返すも真術の講義でさわったぐらいだ。
ぼくは剣術系だったから、なのか。
首を傾げるも、ダンはさらに問いかけた。
「石が判定するんですか、そんなところまで」
「まぁ『女神の涙』と言われるくらいだからな」
「どこの女神ですか」
「知らねぇなぁ。廃れた古のか。それとも他国のか。俺たちの国は無神論だしなぁ」
「ですねぇ。ってやっぱあまり納得はできませんね、どこぞの女神にだなんて」
「まぁ不満はあれど、まずは手にしてからだ。ほら、見えてきたぜ」
言葉通り、無限に続くと思われていた樹木の壁たちが薄くなり、微かに緑以外の色が見えはじめていた。
崖か? 地盤がそのまま……たしかに採掘場ってことか。
見えてくる情報を整理しながら進むと、思った通りの光景が広がっていく。
山肌を広範囲に削り取り、地肌がむき出しになっている。しかし流れた月日が、至る所で緑の浸食を許していた。
「ここが終点だ」
宣言したスエントは、そのまま石ばかりの斜面を駆け下りる。
ダンとナフューもあわてて、スエントのあとを追う。そして採掘場の中央部へ進むにつれ、あたりの色が変わりつつあることに気付いた。
紫の砂か?
所々に草が見えるも、それ以上に淡い紫色が点々と広がっている。
「これがラフマスかな」
紫色の砂を指してナフューに問いかけるも、彼はただ肩をすくめるだけだ。
まぁそっか。
ラフマス鉱石がなんであるか、そんな情報など知らされていないのだ。知っている輩はそのまま目標へ向かい、知らない者は知っている者を追うか、襲うか。すべては何でもありの規則が資格者を縛っていた。
しかし、これぐらい特徴的なら。
山頂付近にごろごろしているというのが確かならば、簡単に入手することもできるだろう。
「とりあえず、これがラフマスだろうが、砂じゃなぁ」
苦情をぶつける相手を探すと、スエントはしゃがみ込んで手招きしていた。
「なにか?」
「こっちだ。石はよ」
言われるままに近づくと、たしかに彼の周りだけ拳ほどの大きさを持つ紫の石が幾つか転がっている。




