五章 呪いを越えて 4
大柄な男の顔が気色ばむと同時に、振り返りながら横殴りの動作に入った。
こいつも大したことないな。
大振りの一撃を一歩後退しただけでかわす。
隙あり。
すぐに踏み込み直し、敵の脇をすり抜ける合間に右腕を切り裂く。
「てめぇらぁ」
背後からカタムの憎しみ篭もった声が聞こえた直後、
「やってられねぇ」
「抜けるぞ」
ナフューと対峙していたマッドナ兄弟が吐き捨てながら後方へ飛び退き、そのまま林道を山頂方向へ走り去る。それを見て舌打ちしたカタムが無言であとを追っていく。
終わったかな。
振り向くと、ダンが最初に斬った男も左腕を押さえ下山方面へ逃げていた。
「追わなくていいからな」
スエントの指示と同じくして、崩れ去る音が続く。どうやら残りの一人を戦闘不能にしたらしい。
見事だね。
五体満足だが泡を吹いている男を見て、スエントの技量がそれ相応のものであることが伺えた。
ま、敵でなくてよかった。
安堵感を覚えつつ剣に付着した血を振り払うなか、ナフューの愚痴が聞こえてきた。
「あとちょっとだったのに。奴ら」
「まぁ相手が相手だからね」
「そうさ。坊主なんてなかった」
不満げな理由はそこらしい。たしかにダンが二人食い、スエントが一人食った。あとはどちらも逃亡だ。
「まぁわからんでもないけど。気にするな、ナフュー」
「ダン、アンタは二人、ついでにカタムを仕留めてるからそう言えるのさ。まぁいいけどよ」
口をとがらせるも、ナフューは剣を収めつつ話を変えてきた。
「それよりも、あざやかだなダン。もう吹っ切れたのか」
「おいおい、見てたの?」
「まぁ少しだけな」
あの二人を相手にしてほかを見る余裕があったということだ。
本気じゃなかったんだろうな。
だから取り逃がしたのだ。そうとしか考えられない。
「呆れるね」
「で、どうなんだ」
改めて問われ、ダンは剣を収めてため息混じりに答えた。
「まだだね。あれじゃなにも感じなかった」
「そうか。残念だな」
残念?
疑問が口をつく、その前にスエントの声が飛んだ。
「そろそろいいか。ずらかるぞ」
「ずらかる?」
眉をひそめたナフューへ、さらにスエントがまくし立てる。
「いいか。いくら監視しているとはいえ、教官らが現場に来ればかなり時間を拘束される。どうせ助からない奴らもいるんだ。そっちの責任までこっちが食らう可能性だってある」
「同罪ってことですか」
「早いな、ダン。まぁ奴らが良くやる手だ」
七人になった犠牲者のなかで息があるのは少ない。
ぼくらじゃ、どうしようもない……か。
なんとかすれば助かるかもしれない、とは思うが、そこまでする義理がダンにも、ナフューやスエントにもない。ましてや是が非でも助けたい、友人や知り合いでもなかった。
「これは試練」
小さくつぶやき、自らに言い聞かせる。
命を賭けた試練だから。
ダンは己の思いにけりをつけ、スエントを促した。
「じゃぁあとは任せるとして、どうします。また迂回しますか」
「いや、もうあの手はな。かといってカタムらと同じ道を行くのも、いらん荷物を背負いそうだ」
「ならどうするんだ」
苛立ち気味なナフューが急かすなか、スエントはしばし黙ったあと、
「俺に考えがある。特別な手だが、どうするよ」
「聞いてからだ」
「ぼくはまぁ、スエントさんに任すよ」
「二対一か。どうするナフュー」
名指しされたナフューは眉をひそめるもため息混じりに、手を払う仕草で答えた。どうでもいい、ということだ。
「よぉし。じゃついてこい。三度目の真髄ってのを見せてやる」
スエントが拳を天へ突き上げる。
しかしその先には、重くたれ込めた雨雲が広がりはじめていた。
一雨、来るか。
雨に濡れる可能性にうんざりするも、ダンは妙な胸騒ぎを覚えていた。
残念か。
鼓膜にこびりつく響きを胸に秘めながら、スエントのあとを追った。




