五章 呪いを越えて 2
林道へ入った直後、ダンらは道を外れる選択を取った。
大きく迂回しながら昇る。道なき道を、音を立てずに突き進んでいた。
先頭はスエント、その後をダンが続き、しんがりはナフューが務める。スエントが先頭になれば自然となる順番だ。どうもナフューとスエントの間には埋められない溝があるらしく、間を取り持つ形でダンが真ん中へ入るのだ。
しっかし、手持ちぶさただな。
真ん中はただ前へ従うだけだ。後方への警戒感もあまりない。
だからか、ついスエントに声を掛けてしまう。
「ちょっと、いいっすか」
「もっと小声だ。で、なんだ」
前進を止めず、草の掠れる音に混ざった声をなんとか聞き取って、ダンもまた囁くように話しはじめた。
「いつまで、こうしてるんです」
「もうしばらく。てかよ、そろそろ聞こえてきたろ」
聞こえますか。……一緒にしないで欲しいね。
耳を澄ましても、移動で生じる擦れた音や、風のそよぎに答える草木の音ばかりだ。しかしスエントには聞こえているのだろう。元海の男と言っていたが怪しいものだ。今までの暮らしの中でも、豪快な面より妙に繊細な面のほうが印象深い。
こっそり帰ってきても、目があったしなぁ。
疲れ切った身体であっても注意し、音を立てずに忍び込んだのに気付かれていたのだ。
スエント、あんた一体何者だ?
未だ全貌を見せない男に疑念を抱いたとき、ダンは異変に眉をひそめた。
「風の流れが変わったぜ。これでわかったろ」
「たしかに、妙な匂いだ」
ナフューの声にスエントが止まり、顔を向けてきた。
「ダン、お前はどうだ」
「あぁわかる。これは血の匂いだ」
そよ風に混じった微かな匂いがわかる。
前にあったなぁ。あれと同じか。
記憶が過ぎるなか、スエントが探ってくる。
「やったことがあるか?」
「いや、無いよ。ただ居合わせたことがあるだけさ」
あのときは剣を抜かなかった。やり過ごしたのだ。ユジーンと共に。
幼年学校中の出来事だ。ダダン家で起こった家督争いに巻き込まれ、ユジーンを狙う一団から逃げ切ったときに嗅いだ匂い。ユジーンの護衛士やらお供の死体から漂ってきた匂いと同じだ。
ガキだったから……しかし今は。
心がざわつきはじめる。
あの頃とは違う。
ダンは目を閉じ、風に乗ってくる音へ耳を澄ました。
草が揺れ、葉が掠れる。それらの向こうから微かに鋼の響きが小さく聞こえた。
やってるのか。
思わず歯ぎしりし、目を見開いて口走った。
「やっぱダメだ。どうもこういうのはぼくの性に合わない」
すると、ナフューがため息混じりに、
「同感だ、ダン。俺も気にいらねぇ」
肩を組みつつ囁き、二人してスエントを見た。
「おいおい。俺だってなぁ気持ちはむかついてるんだ。しかしわざわざなぁ」
「協力は感謝しているさ、スエントさん。判断は的確だし、こうして迂回も出来つつあるんだけど。このままってのはちょっと」
申し訳なさそうに告げたあと、隣のナフューへ同意を求めた。
「な、そうでしょ」
「そういうこと」
笑顔の即答だ。
わかってるね。
無謀に付き合うナフューへ呆れながらも安堵感を覚えていると、スエントが呆れた声をでつぶやいた。
「おめーら。ほんと馬鹿だな」
「まぁ四九号室ですから。あのときと変わらないんですよ」
「なら俺も四九号室。一九四位は本物だぜ」
ひげ面の下で白い歯が見える。どうやらやる気らしい。
「良いんですか。せっかく迂回できているのに」
スエントは三度目だ。もしものことを考えれば、ここで無理な行動を取るべきではない。そんな意味を込めた問いかけだったが、スエントは乱雑に伸びた髪を掻き上げながら眉をひそめた。
「おいダン。それはねぇぜ。俺たちはもう仲間だ。違うか」
「いえ、違いません」
「ならそういうことだ。俺も馬鹿ってことよ」
不敵に笑ったスエントは、なだらかな斜面の向こう側を睨み、
「それによ、おめーらはまだわかってねぇだろうが、相手は六人だぜ」
確信があるのか、はっきり数字を言い切った。
ダンとナフューは互いに見合わせ、組んだ肩を外して口にした。
「良い人数です」
「一人で二人か。悪くない勝負だ。しかしスエントさんよ、なんで知ってんだ?」




