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蒼き草原の獣 -黎明の時-  作者: 沢井 淳
四章 時の選別
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四章 時の選別 7

 眉をひそめつつ暴力騒動を起こす連中を思い返していると、ジョウクは手を休めて別件を口にしてきた。

「それと例の件だがね」

「アレですか」

 ジョウクを睨んで問い返すと、相手は苦笑して首を縦に振り、

「了承が取れたよ」

「そうですか」

 ほっと一息吐くも、内心では当然だと思っていた。そんな余裕が顔に出ていたのか、元々細い眼をさらに細めたジョウクが口元を歪めた。

「君も手を回したのだろう?」

「なにをでしょうか」

「私の一押しではこうも早く下りはしないからね」

 ばれている、わけね。

 悟ったメーベルは、肩をすくめて渋々認めた。

「まぁ、少しは」

「さすがは王家の剣と」

 その響きを耳にした直後、

「署長!」

 一喝して言葉を遮り、睨み見下ろす。

「な、なにかな」

 引きつった笑みを見て、メーベルは軽くため息を吐いて答えた。

「私はそんなものには頼りませんよ」

「……そうだったな。古の英雄、その血族は今やか」

 ジョウクは視線を逸らし、ゆっくりと回転椅子を動かして夕陽に染まる部屋を見渡しながら続けた。

「ふと、疑問に思うことがあるのだよ」

「なんでしょう」

「まぁその前に、君がそうまでして手元に置こうとする新人らは、有能なのかね」

「有能です。一人は未知数ですが、もう一人は確実に出来ます」

「狂いはない、ということか。だから特注したのかね」

「はい。彼ならば乗り越える、そう確信したからこそです」

「しかしやりすぎではないのかね」

「いいえ。乗り越えねば、なにもかも乗り越えねば、彼に未来はありません」

「命が消えてもか」

「ええ、命が消えても」

 即答にジョウクは眉をひそめるも、異を唱えはしなかった。

 代わりに真意を探る問いが来た。

「ならばその根拠は? 君の眼力を疑うわけではないが、今まで君がそこまで入れ込むようなことはなかっただろ」

 たしかになかった。自分から動いたことすらはじめてのことだ。

 なぜ私はそうまで彼に拘るのか……。

 瞼を閉じ、メーベルは己の心を再確認するかのように答えた。

「あのとき。あと少しでユトリアを仕留める、あの瞬間に見た光景が、彼を同じ者として認めた瞬間でした」

「同じとは?」

「同じ呪われた者として、魅入られた者として、私は彼を見ていたのでしょう。だから私を縛る、ウストカラベドが囁くのです」

 見えずとも、手元に出現する鎌の存在がわかる。

 そう、この鎌が。この力が。

 黒く長い柄を掴み、抱きかかえながらメーベルは続けた。

「人の心を見せ、人の運命を見せる、このウストが囁くのです。運命を変えろと、抗えと。だから私は動いたのかもしれません」

「運命の鎌か」

 ぼそっとつぶやいたジョウクは再度メーベルに向き直り、

「私はね。君ほどの者がなぜこの辺境と言えるベスタに、しかも守護警士の地位にいるのか常々疑問に感じていた。それもこれも、運命が囁くのかね」

「そうかもしれません」

 目を見開いての即答は、それ以上の追求は無用との意味を込めていた。だからかジョウクは小さく首を振り、

「わかった。もうなにも言うまい。たとえ六月の舞踏会でなにが起ころうとも。君の好きにするが良い」

 そこまで。

 最上級校合同の舞踏会『ジェッカーの宴』は、他国の生徒代表や賓客なども招かれる一大行事であり、現状の懸案事項である、シュベンターク帝国やアカンル王国の関係者も招かれる。

 それへ向けて、今の王都は密かになにかがうごめきはじめているのだ。

 やはり、あなたはわかっていらっしゃる。

 舞踏会の一件を持ち出すあたり、すでにメーベルの過去すら把握している可能性が高い。

 凡庸でいて柔和な署長として知られるジョウクだが、その裏には膨大な人脈と腹黒い意志を持つ。そんな彼がメーベルの過去を知れば、容易く真意へ到達するはずだ。

 それでも止める気はないのなら。私は自由にこの時代を舞うだけ。

 自分へ言い聞かせ、メーベルは微笑みながら答えた。

「ええ、そうさせてもらいます」

「……以上だ」

「ではこれにて」

 軽く会釈するなか、ジョウクの深いため息が聞こえてくる。

「君との探り合いは疲れるよ、まったく。もう少しは老人を労って欲しいね」

「ご冗談を」

「冗談ではないのだがなぁ」

 ジョウクは深々と椅子に座り直し、机にあった暦表を見てつぶやいた。

「もうそろそろか、時の選別も」

「はじまります。女神の選別が」

「彼らは選ばれると思うかね」

「それは愚問です」

 時代が彼を必要としているのですから。

 密かに心の中で唱え、メーベルは再度会釈してからウストカラベドを消去し、ジョウクの前をあとにしていく。そして署長室の重厚な扉を手に掛けたとき、小さく、ため息まじりにつぶやいた。

「彼だけが」

 もしかしたら。

 淡い期待と、翻弄される運命に思いを馳せ、メーベルは扉を押し広げていく。

 巨大な命運を一人抱え、時代の扉をこじ開ける、決意を秘めながら。

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