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蒼き草原の獣 -黎明の時-  作者: 沢井 淳
四章 時の選別
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四章 時の選別 6

 裏のない賛辞にいろいろな出来事を思い返していると、ゆっくりとセドルが手を差し出してきた。

「ほんとに君は。ぼくがここまでがんばれたのも、君の姿を間近で見せられたせいかもしれないよ。お陰で限界を見ることができた。ありがとう、ダン」

「そ、そうか? まぁ素直に受け取っておくよ」

 差し出された手を硬く握ったあと、セドルは再び階段を降りようとして、

「あぁそうだ」

 思い出したのか、最後にこう言い残した。

「終わり際にある試練は特殊らしい。そこでもっと減る可能性があるって聞いたよ。ただ運の要素も強いらしい。こればっかりは気をつけられないだろうけど。ダン、時の選別を乗り越えてくれ」

「あぁ。やってやるさ」

 幸運なんて、持ってないけどさ。

 心の中でつけたし、ダンは階段から去っていくセドルを見送った。

「運ねぇ」

 一人つぶやき、再度階段を上ろうとしてダンの足は止まった。

 見上げると視界に銀色の髪が入った。

「セドルとの別れは済んだか」

「あぁ今ね」

 参加者のなかで、今まで通りに接してくれる数少ない人物の一人であるナフューは、軽くため息を吐いて壁にもたれた。

「これで俺たちの班は三名。まぁ他の所も似たような感じだが、上位二十組ぐらいはまだ完全状態。不利になっていくな」

「不利? なにがさ」

「さっき言ってたろ。まぁダン、アンタは無頓着だから気にしないのかもしれないが、周りじゃ結構噂になっているのさ」

「だからなにが?」

「終わり間際の特殊な試練。それこそが『時の選別』と呼ばれるものだってな」

「へぇ。で、なんなの?」

「詳しくはわかっていない。スエントは知っているようだが、喋りたがらないな。思うところありなんだろう」

「協力はしてくれないと?」

「どうかな。班で参加するとは言っていた。協力は向こうだって必要なはずだし、俺たちも必要になるだろう。まぁ刻が来ればってところか」

 ナフューが肩をすくめるのに対し、ダンは無言のままゆっくり階段を上がり、隣に立ってようやく口を開いた。

「不利でも、なんでもいいよ、今となっては」

「投げやりか」

「まさか。ただやり遂げるだけさ」

 憔悴しきった顔に、不敵な笑みを浮かべて答えたとき。

 ナフューはまぶしいものを見るかのように眼を細めた。

「アンタ……やっぱただもんじゃないな」

「そうかい」

「あぁ。あのときと同じだ」

「あのとき?」

「俺はあのとき、なにを感じたんだろうな」

 首を傾げ、本気で問いかけてくる。

 なに言ってんだ?

 呆れつつダンはため息混じりに答えた。

「ぼくが知るわけないでしょ」

「……そうだな」

 苦笑してナフューはダンへ近づき、肩を強引に掴んだ。

「なんだ」

「肩かしてやるよ。部屋に帰るの、まだまだ掛かりそうだからな」

「すまないぃ」

 そう言ったままダンは身体の力を抜き、べったり掴まって引きずられるように部屋へ戻っていく。

 ナフューの苦情を耳にしながら。


  ◇◇◇


 黄昏が迫るなか、署長室への出頭命令を受けたメーベルは、重厚な木目調の扉を睨んで声を張り上げた。

「四番隊、隊長ラカン・ジョワット・メーベル、お呼びにより参上いたしました」

「あぁ、入ってくれたまえぇ」

 意外と気の抜けた声に眉をひそめるも、メーベルは重い扉を押し開いていく。

 徐々に広がる視界は夕暮れ色で一杯になる。そのせいか、肝心の相手が逆光となって不気味にうごめいて見えた。

 まぁ元々そういう人ですけど。

 人物評を思い返すも、気にすることなくメーベルは豪奢な机の前まで進んだ。

 幾多の書類を整理しつつ、恰幅の良い白髪に白髭の署長、ホトカラ・カーン・ジョウクはメーベルを見ずに話しはじめた。

「今日は立て込んでてね、申し訳ないがこのまま用件を伝えよう」

「ええ、構いません」

「よし。まずは来月なのだが、ちょっとばかし不穏な情報が入っている。ベルネ工房の件だが、君の耳には入っているかね」

「たしか、反国家分子判定を迷っている、ぐらいですか」

 ガラス細工を主に扱うベルネ工房。作業員は五名と少ないが、希少価値の高い芸術作品を世に送り出す、優良な工房だ。しかし真石密輸絡みの事件で、この工房の名が取引先名簿に載っていたの機に、現在綿密な内偵が行われようとしているところだった。

「あぁ。迷っていたらしいんだが、確定しそうだ」

「黒、ということですか」

「可能性は高い。ただすぐには手を出せないのだ。アカンル王国の存在が邪魔でな」

 南の隣国であるアカンル王国とは、ここ数年大きな衝突もなく、王家同士や、交換留学生などで交流が続いていた。しかし昨年の秋頃から、南ユズラ山脈近くのコレント地方で領土紛争が勃発し、緊張状態が続いていた。

「あの国がどうか?」

「ベルネと本業の方で取引していたようでね、アカンルの王家が。それでちょっと及び腰なのさ。上の連中は」

「なるほど。では一番隊の内偵はどうしますか」

「あれはあのままやらせよう。とにかく証拠と、さらなる取引相手が誰であるのかを突き止めねばならん」

「でしょうね。で、ほかには?」

「そうだな。ネテラリィ一家の動向も気になるが、まぁ国家に関わる重大事にはならんだろう」

 それはそうでしょ。あれは街のゴロツキなのだから。

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