四章 時の選別 5
「ど、どういう風にですか」
「噂が流れているんだよ。俺も今さっき名を思い出したんだがぁ、一人特待生級の扱いを受けている奴がいるって。それがお前さ、ダン」
特待生級、そんな扱いを受けて今の部屋番号になるだろうか。
あり得ないでしょ。
笑いたくなる衝動を押し殺して答えた。
「なんで? よくわからんのですが」
「模擬戦で守護警士とやったんだろ。それが特別でなくて、なんなんだと。密かに騒がれているわけよ」
「あぁ。でもあれ突然で。単に人が足らなかっただけでは?」
「だからってわざわざ現役なんて出てこねぇよ。しかも噂じゃあのメーベルだったとか。あんなのが出張ってくるってことは相当なことだろ」
「そ、そうなんですかね」
「そうなんだよ。まぁお前のあずかり知らぬところでの動きにせよ、噂は止まらねぇ。それに教官らの一部がこれまたなぁ。陰険というか、ネリーの指示なのかわからねぇが、どうゆう対応してたと思うよ?」
「どうって、嫌な予想しかないですよ」
「じゃぁその予想通りだ。妙に特別扱いすんだよなぁ」
妙にね。なるほど。
軽くため息を吐くも、心はうらはらに高揚しつつあった。
やるしか、ないから。
自分へ言い聞かせて、特別扱いに思いを馳せる。
想像通りならば過酷な状況が待ち受けているのは明白だった。
ダンはゆっくり瞳を閉じながら、小さな声でつぶやいた。
「やってやるさ」
そして現実は、ダンの想像通りに展開していくことになる。
◇◇◇
最初の一週間は基礎鍛錬のみ集中的に行われた。
一に体力、というだけはある、異様な量をこなすことになる。しかも日を追うごとに鍛錬の内容は倍加し、元々基礎体力値が高いはずの二百名も徐々に音を上げはじめだす。
そんななか、ダンだけがつねに居残りとなり、夕闇が迫るころもずっと鍛錬内容を繰り返させられた。
これが特待生待遇。
人の二倍、三倍の量を命じられる。不平不満、反発、言い訳すべてが許されない。ただ淡々とこなしていかねばならないのだ。
お陰で人より遅れ、その都度教官から木剣で殴られ、痛みを堪えながらダンは言われた分量をこなしていく。
夕飯時も無論間に合うわけなく。
一人、残飯のような飯を食堂の隅で食い、寝静まった館を這うように部屋へ戻っていく。
地獄とも言える生活。
それでも耐え抜き、基礎鍛錬から王国伝統の剣術、アスラゴラス正剣一滅流やら真術の基礎を叩き込まれる三週間目を迎えた頃。
いつもの如く痛む身体を押して部屋へ戻るべく、ゆっくり薄暗い階段を一段ずつ上がっていると、ダンの周りが仄かな明かりに照らされた。
振り向くと、窓から中庭の光が差し込んでいた。
あれか。
ドムフの室内灯だ。中庭に一台、ぽつんと存在している。
また……消えていくんだな。
数えたらきりがないほど、この光景をダンは見続けていた。
すでに参加者は一五〇名を切ったと聞く。
耐えられず、夢やぶれて去っていくのだ。
「一体、何人残るんだ」
思わず口をつく光景に、小さな声が答えてきた。
「もっと減るかもしれないよ」
背後からの声に振り返る。その先には両手で荷物を抱えたセドルの姿があった。
「いくのかい」
「うん。もう、無理なんだ」
弱々しくつぶやいたセドルは、ゆっくり階段を下りてダンの隣に立った。
「なんとかここまで、とは思ったんだけど。心が折れたんだ」
「そうか。でもがんばったじゃないか。ほかの連中なんて早々に」
言っているそばから首を振られ、セドルが口を挟んだ。
「正直、がんばったとは思う。ここまで残るとは思ってなかった。だけど君ほどじゃないんだ。だから言わないでくれ。むなしくなる」
「そりゃ、すまん」
「いいんだ。ぼくの方こそ、我が侭を言ってすまない。本当に」
軽く会釈したセドルは、微かに笑って話を変えた。
「しかし君は凄いよ、ダン。あんなに扱かれても、あんなにみんなから無視されても。全然逃げだそうとしない。最初はみんな、君が早々に王都送りになると思っていたんだ。なのに君は……凄いよ」
「そりゃどうも」
たしかに扱きはきつい。しかしやってやれないことはなかったし、なにより乗り越えねばならない思いの方が強く、他のことなど気にしていられなかったのが現状だ。
メーベルさんにも、会わないといけないしなぁ。
会って散々な目に会ったことを報告してやる、そんな暗い思いが充満し、反対に励みになったのも事実だった。




