四章 時の選別 4
一目見て、脳裏に過ぎる『後々有利』の言葉。たしかにその通りだ。セドルと呼ばれた男からはまったく覇気が感じられず、顔もまったく腫れていない。体つきもほっそりした印象で顔つきも薄い。視線が合うと無言で会釈してくる。
こりゃ戦力が落ちるわけだ。
愛想笑いを浮かべながら会釈を返すと、
「こいつの名はアルアノ・クス・セドル。見た目通り、正真正銘の一九三位を得た男だ」
「どうも、セドルです。よろしくお願い致します」
弱々しい声にダンは眉をひそめる。
よくまぁ模擬戦を勝ち残ったなぁ。
しかも一九三位だ。この部屋では一番良い成績だが、顔を見る限り乱闘を避けての一九三位だろう。体力的な面ではかなり下と見て良いはずだ。
大丈夫なのか、これで。
そんな思いが顔に表れたのか、セドルは急に身体をびくつかせて寝床の奥へ行ってしまう。
「あ、いや、べつにそんなんじゃ」
「あぁ気にするな、あいつはああいう奴らしいんだ。気にするだけ無駄だ」
「そうなんですか」
「そうだったんだ」
セドルの小さな声が聞こえるも、ひげ面の男がかき消すように声を上げた。
「まぁいいじゃねぇの。それよか次は俺、カルロン・リド・スエント。元は海の男だったんだが、今はちょいと陸に上がって就職活動中な二七歳だ。敬え」
「一回り以上ですね」
「だな。お前ら学生上がりだろ」
「ええ、彼がテオ・マーク・ナフュー。ぼくがジェスラ・ババンギ・ダン。どちらも上級学校を卒業したばかりですよ」
「だろうな。だから甘いんだ」
「ですか」
口元を歪めたスエントは寝床に腰掛けて二人に座るよう勧め、
「とりあえずタメになる話を聞かせてやる」
「はぁ」
胡散臭げな視線を送るナフューを見つつ、ダンは言われるままに座ってみる。
「俺は眠いんだけどなぁ」
ぼやくナフューも、疲れがあるからかがくっと腰を降ろした。
「よぉし。では教えてやろう。まずダン、抗議するとか言っていたな」
「ええ、まぁ形だけですが」
「無意味だ。やめておけ」
「しかし」
「あぁダメなものはダメなんだ。ここのノリはそんな感じよ。そしてこれからも。もうお前らは命の取り合いに参加しちまったんだから」
「命の?」
聞き返すダンに、ナフューが答えた。
「つまり現実を直視しろ、ってことでしょ」
「そうさ。ナフュー、お前はわかっているんだな」
「まぁ俺にも思うところがありますから、それなりには」
じゃぁぼくだけか。ってそれくらいなら。
「あのぉぼくもそれなりにわかっているつもりですけど」
「いんや、わかってねぇ。わかってたら抗議なんかするはずもねぇからよ」
早々と否定されるも、ダンは言い返さなかった。
現実か……命の。
過ぎる言葉から、徐々に言わんとしているあたりが見えてくる。
「いいか、甘っちょろい言い訳なんて通じねぇ世界だぜ。夢とか、憧れだけでなれる職業じゃないんだ、守護警士ってのは。なのになぜ、これだけ多くの受験者がいるのか。なぜこうも厳しく落とされていくのか。そろそろわかって来たんじゃねぇか?」
ええ、それなりにですが。
心の中で前置きしつつ、ダンはいつか聞いた言葉を口にした。
「現実はつねに命のやり取り」
「そうだ。弱肉強食の世界だ。言い訳しているうちにばっさりだぜ」
「き、厳しいんですね」
「当たり前だぁ」
呆れた風に天を仰いだスエントは、さらにまくし立てた。
「平和ボケしてんのは王都の民ぐらいのもんだ。それ以外は殺ったり、殺られたりなのさ。だから守護警士が重要になってくるんだ。厳しいのは当然だ。しかしそれ以上に受験者が多いのは、生き残る率が高いからでもあるんだ、わかるか?」
たしかにあったなぁ。
ユジーンから手渡された募集要項に死亡率は記載されていた。誇張も入っていると思えたが、少ない理由はそれなりにあった。
王都が比較的平和であるから、だろうが。
「武装、ですか」
「正解だ。特に真石だな。これがあるなしの戦闘は、圧倒的に真石装備のほうが有利だ。つねに防御結界が張られていたしな。あれはやっかいだった」
「ってことはやったことあると」
「ま、過去にちょいとな」
乱雑に伸びた黒髪をぐしゃぐしゃにして掻きながら、スエントは続けた。
「とにかくよう、平民が真石を持つなんてーのは難しい世の中だし、騎士やら空旋騎士なんて上級なもんにもなれるわけがねぇ。しかし守護警士は違う。これだけ広く募集している職は見たことねぇ。だから俺は資格試験を受けているわけだ。しかもこれが三回目っつーのがなんだかなぁ」
自嘲気味に笑うスエントを、ダンとナフューはしばし首を傾げて眺めていたが、数字を改めて認識した途端、声を上げて聞き返していた。
「さ、三回なんですか」
「なぜそんなに」
二人の食いつきように、スエントは落ち着けと言わんばかりに片手の平を見せ、
「まぁまぁ。それだけこの試練が過酷ってことよ」
「そうなんですか」
「……いやまぁ、どっちかつーと運のほうが強いかな」
「運?」
「あぁ。ま、そういう側面もあるってことよ。それよりもダン、お前は自分のことを心配したほうがいいぜ」
「ぼくですか」
唐突な振りに面食らうなか、構わずスエントは言い切った。
「これからのお前は、ヤバイぜ」




