四章 時の選別 2
こりゃ手厳しい系だなぁ。怒声での命令口調、たまらん。
嫌な予想がどんどん現実化していくのを感じるなか、ほとんどの合格者が壇上近くに揃い、男は大きくうなずいてさらなる怒声を発した。
「ほんと遅いぞぉクズどもぉ! いいか、これからつねに迅速な行動が求められる。なにがあろうとも、走れ。それがすべてに繋がっていくのだ! わかったか!」
「はっ」
なぜか息の合った返事が出来たが、それでも物足りないらしい。
「声が小さぁい! 腹から声を出せ!」
「はっ!」
「そうだ、それでいい。ではまず俺の名を心に刻め。ツアット・スナイルズ・ネリーだ。ここの総責任者であり、お前たちクズを鍛え直す使命を帯びた者だ。わかったか!」
「はっ!」
「よし、良い調子だ。しかし残念なことに、お前たちはすでに失態を犯している。この落とし前はちゃんとつけなければならない。いいか!」
「はっ!」
「よぉぉし、では今からこの館『ネリーの箱庭』の外周を百回走れ!」
長旅で疲れているんですけど。
そういう思いが誰しもにあったのか、皆一瞬押し黙る。
「どうした、返事は!」
「は、はっ!」
「こんなんでびびってんじゃないぞぉ。これはすでに試練の一つだ。いいか、ネリーの箱庭にある部屋数は五十部屋だ。それも狭く区切った代物であり、そこに四名詰め込む。わかるか、この意味が」
ネリーは不敵に笑い、指を二本突きだして続けた。
「二百名だ。ここの定員は二百名。いわゆる先着、二百名まで! これで百名を切る。切られた百名は即刻、乗ってきたドムフで王都送りだ、いいか!」
「はっ!」
威勢良く返すも、合格者同士の視線が絡み合っていく。
状況を見極めようとする者、不安げに誰かを頼ろうとする者、そして出し抜こうとする者。それらの視線を感じつつ、ダンも気を引き締めようとしたとき。
「はぁい、質問いいですかー」
緊迫感ある雰囲気からはほど遠い、調子を狂わせる鈍い声が上がった。
「なんだその腑抜け具合は! 名前と受験番号を言え!」
「は、はぁい。デア・グッド・ポエトラ、五〇二四番です」
振り返ると、五歩ほど離れた先で茶髪の少女が片手を上げていた。
おいおい、なにやってんだ。
呆れているうちにネリーの声が飛んできた。
「ほう、お前があのポエトラか」
あの?
知っている風な言い回しに眉をひそめるも、二人のやり取りは続いていく。
「いいだろう。答えてやる、言ってみろ」
「ではぁお言葉に甘えてー。百周の件なのですが、女の子も想定内でしょうかー」
「それか」
ネリーが不敵に笑ったあと、またも怒号が轟いた。
「馬ぁ鹿もんがぁ! 甘えてんじゃねーぞ! これからの試練は男女平等で行われていく。いいか、守護警士にもっとも必要なのは体力だ。一に体力、二に技術だ。これぐらい乗り越えられない者は、いくら真術が優れていようと必要ないのだ! わかったか!」
「は、はいぃぃ」
打ちのめされたかのように退くポエトラを見て、ネリーが鼻で笑って付け足した。
「しかし安心しろ。女子寮はある。別館ではなく、部屋を確保という形だがな。だから安心して走ってこい」
そして皆を見渡し、ネリーは吠えた。
「不正は許さん! 監視の目は方々にある、気をつけろ! それと荷物は持って走れ! そこらに放っていたら誰かが盗むぞ! いいか!」
「はっ!」
「先着順に班と部屋を決める! わかるな、この意味。優秀な方が後々有利となる可能性が高いぞ!」
「はっ!」
答える間にネリーが左手で右回りであることを指し示す。同時に皆が突進体勢を取りはじめる。
「いっくぞぉ! 走ぃれぇ!」
号令の下、一気に三〇一名が走り出す。
しかし館の裏はすぐに山。斜面が迫っており道幅も狭い。お陰で渋滞を起こし、集団は徐々に隊列へと変わっていく。そのなかで、ダンとナフューは集団半ばで足踏み状態を強いられることになる。
「このままじゃ、やばいぜ、ダン」
「わかってる。しかし体力勝負でもあるんだ、見極めも必要だろ」
「正論だが。抜け道ならありそうだぜ」
ナフューが顎で館を指した直後、窓に手を掛けた若い合格者が首筋を押さえて倒れていく。近づいてみると、どうやら小指程度の針が首に刺さっていた。
「ナフュー、不正はダメだとさ」
「あぁやるしかなさそうだ」
互いに苦笑し合い、意を決したダンとナフューは荒れ狂う集団を掻き分けながら、走る速度を上げていった。




