三章 新たなる絆 9
「さて。ダメ男で最低な俺様が手合わせしてやるよ、少年」
「よ、よろしく」
答えながら木剣を脇に構えて出方を見るダンに、ホージィは豪快に笑って吠えた。
「おめぇそれじゃダメだわ」
呆れた声に眉をひそめた、直後。
来る!
相手の身体が膨らむような錯覚を覚え、ダンは木剣を握る手に力を込めた。
中段のまま勢いよく飛び込んできたホージィの剣先を、ダンは直前ではじき返すも、すぐさま敵の二撃目がやってくる。
しかも予想外の軌道を描いてだ。
なんで。
突然すぎて考える間もなく、身体だけが動いていた。
ホージィは右手だけで木剣の突きを放ったあと、空いた左手で腰に差した小剣を抜き放ち、ダンの胴目掛けて切り込んできたのだ。
あり得ない攻撃に避ける間もなく、ダンは木剣を迫り来る小剣へぶち当てる。
しかし一瞬の抵抗を感じたあと、握る木剣の重さがまったく感じられなくなる。
ダメだ。
すべてが終わる瞬間、ダンはのけぞったままその場に崩れ落ち、
「わ、わ、ちょ、やめてぇ」
情けない声を上げながら這うように距離を開けたダンは、外の試験官を見やり、
「あ、あれないっしょ、あれ」
ホージィを指差すも、相手は無言で呆けていた。
そんな状況下で、ようやく審判の声が轟いた。
「そこまで!」
「え?」
呆然とするダンに構わず、女性守護警士は剣を収めるホージィへ話しかけた。
「どう。感想を聞かせて」
「あぁ。ダメだな。ダメダメ。まったくダメだ」
連続のダメ出しに、目の前が暗くなる。
この展開はぁ。
落第の通知が告げられることに繋がってしまう。
い、いや、まだだ、まだだダン。不正があったと実行委員にぃ。ってその前に試験官を説得か?
などとめまぐるしく思案に耽っていると、
「とにかくダメだ。あれは鍛えなおさねーとダメダメだ」
「なるほど。それじゃ認めるのね」
「うわ、嫌だね、なんとなく。認めたくない。でも認めざるを得ない。あぁ嫌な感じ」
二枚の出っ歯を突きだして吐き捨て、大股でダンへ近づたホージィがさらに吠えてくる。
「いいか、ダン。おめぇはダメダメだ。しかしもう一度俺様の前へ来ることが出来たら、弟子にしてやる、わかったか!」
「そ、それは」
「なんだ、嫌だってのか」
「いえ、まったく、いや喜んで。え、でも」
「でもじゃねよ、つーかはっきりしねぇ奴だなぁ」
呆れて口をへの字に曲げるも、すぐにホージィは押し黙ることになる。彼の首元に、いつの間にか巨大な鎌が背後から突きつけられたのだ。
うっそ。
音もなく出現した鎌を見ながら、ホージィはゆっくり振り返って何度もうなずくと、一歩一歩鎌から離れるように下がっていく。代わりに、黒く長い柄を軽々と担ぎ、巨大な刃を背後に回したもう一人の守護警士がやってくる。
あきらかに真術付与が施された鎌だ。
そんな鎌を持ち、それでいて恐怖の女神とも言える姿を見て、ダンはようやく相手が誰であるか思い出した。
凄腕の、あの人か。
これほどの上玉ならばそう簡単に忘れないものだが、あのときの記憶はすべて『最低だ』の囁きが占めていた。
仕方ない。とりあえず挨拶から。
腹を決め、ダンは立ち上がって軽く頭を下げた。
「ど、どうも、お久しぶりです」
「今頃ですか」
一日前ならまだしも三ヶ月以上経ち、より鮮明な記憶があるなかで、ちょっとした出会いを思い出すのは至難の業というものだ。なのに相手は妙に不満顔であった。
「なんだか私一人が……まぁ良いわ」
小さくつぶやき、メーベルは咳払いして続きを口にした。
「それよりもダン、あなたには迷いが見えます」
「迷い、ですか」
「ええ。なにがそうさせるのか、私にはわかりませんが。その迷いを捨てたときこそ、ダン、あなたの真実が見えるでしょう」
真実? 迷いを? それって。
思い当たる節はあった。
師匠の言葉であり、ユトリア戦ではじめて体験した一瞬の硬直だ。
ぼくの迷い、だってのか。それが本当だとしたら、ぼくは。
「どうすればいいと、思いますか」
「答えはすでに示されたと、私は思いますよ」
微笑んで答えるメーベルに一時見惚れたダンであったが、じわじわと消えていく微笑みに緊張感が高まっていく。
「まぁその点は追々気付いてもらうとして。ダン、ちょっとお聞きしたいことがあります」
くるっと鎌が周りはじめたのを見て、ダンは唾を飲み込んでなんとか声を出す。
「な、なんでありましょうか」
「ええ、すこし。そう資料には、いえ、それはどうでも良いのですが」
少々視線を彷徨わせるも、意を決したかのような睨みが来た直後、いきなり鎌の刃が首元に突きつけられる。
「さきほどまで、なにやら親しそうな雰囲気を満喫していたようですが。あれはなんでしょうか」
「し、親しい?」
聞き返すダンの首元に刃が少し食い込んだ。
うわ、本気じゃぁ。
一気に悟り、緊張でバラバラになりかけていた記憶をかき集め、ようやく肩にべったり寄りかかって眠りこけたポエトラの存在を思い出した。
「あ、あれはまったく親しくないですよ。ええ、今日会ったばかりで、名前ぐらいしか知らない……」
あわてて答えているうちに、ダンは首を捻り付け足した。
「で、それがなにか?」
「べつに。なにも。ええ、まったく意味無いわ。ほんとに」
一気に言い切り、鎌を下げるメーベルであったが、最後に小さくつぶやいた。
「そうか、あれがポエトラ」
「え?」
「気になさらずに。ええ、本当に」
メーベルは眉をひそめ、考え込みながら背を見せて去りはじめる。
なんだったんだ一体。ほんと変わった人……でもこれで。
すべてが終わったことにほっと一息吐き、へたり込もうとした瞬間。
ってちょっと!
冷静になってようやくダンはあることに気付いて声を上げた。
「メーベルさん、ちょ、ちょっと待ってください」
「なにか」
黒髪を揺らして半身だけ振り返る。その顔に微かな笑顔を見るも、自分のことで必死すぎたダンは、笑みの意味を悟ることなく事務的な内容を口にした。
「すみませんが、ぼくの合否は?」
「あぁそれ」
ため息混じりに答え、瞑想するかのように思案したメーベルは、
「ま、当然か」
肩をすくめ、微笑みを再度浮かべて続けた。
「合格ですよ、ダン。おめでとう」
「本当ですか」
「ええ。でもまだ試練は続きますけどね」
「し、試練ですか」
「そう。誰しもが通る最後の試練である『時の選別』を乗り越えた者だけが守護警士となるのです」
時の、選別。
へたり込もうとした身体に緊張が舞い戻り、顔が強張っていく。
そんなダンを見てか、メーベルがくすっと笑ったあと、背を見せながらささやかな声援を送ってきた。
「あなたが再び私の前へ来る日を、楽しみにしておきますよ」
「は、はい」
彼女の言葉がなにを意味しているのか。
ダンは首を傾げつつも、ただ敬礼してメーベルを、その付き添いで消えていくホージィを見送っていく。
彼らの存在が、どのような結果をもたらすのかもわからぬままに。




