三章 新たなる絆 7
すでに夕暮れも終わり、夜のとばりが下りはじめる頃。
未だダンは試験会場から宿へ戻れずにいた。
長いな、やっぱ。
ぐったり長椅子にもたれて、第八会場で行われている試合を眺める。
左隣では大あくびしたナフューがうとうとしはじめ、右隣ではなぜか惰眠をむさぼるポエトラがダンに寄りかかってきている。
どうにかしようと思ったが、申し訳なさそうなポエトラの親友、ノノン・カース・チサラの頼みによってそのまま寝かせていたりする。
なんだ、この緊張感の無さは。まだぼくは受かってないんだぞ。
それを言うならポエトラもだが、どうも心臓が鋼で出来ているのか、のほほんと眠りに入っていた。
あれから、ポエトラの受験番号票を第八会場にいる実行委員に渡そうとしたのだが、顔と名前が一致しないやら、どうせこの会場に来るだろう、とかの大雑把な理由で受け取らず、結局チサラに付き添われてやってきたポエトラへ手渡しすることになったのだが、すでにその時点で泣きじゃくっており、涙と鼻水まじりの顔を胸元に押しつけられ、ダンの学生服はかなりぐっちょりになったというのが事の顛末。
「ほんとうに申し訳ありません」
チサラが平謝りし、なんとかポエトラを落ち着かせて、とりあえずの解決を迎えたのが昼飯を食い終わったあとあたり。それからずっと今のような待ち状況が続いている。ちなみにナフューはポエトラとの騒動後にふらっとやってきて、見事合格したことをさわやかな笑顔で報告してきていた。
こんなので、ぼくは受かるのか。まったく。
不満一杯であるが、なんとなく無下にも出来ないダンは、まったりとした同伴者に囲まれたまま試合を観戦していた。
模擬戦の基本は、ほぼ剣術大会と変わらない。ただし勝ち負けは関係なく、手にする武器も木剣、もしくは真石を用いた真術、そのどちらか一方、または両方を選択して戦いへ挑むことになる。
剣術と真術、どちらが有利とは言えず、しかも相手を倒したからといって合格するわけではない。そのあたりは試験官の判断がすべてに見えた。
なにが基準なのやらわからんが……姿勢だろうかなぁ。
互いに消極的な姿勢を見せた試合はどちらも不合格となっていた。だからといって猪突猛進の受けがいい、とも言えないのが今まで見てきた結果だ。
まぁやるしかないのだけど。遅いよなぁ。
緊張も長引けば慣れてくる。
これじゃダメだと思い直し、自らを鼓舞して気力を上げても、徐々に萎えてくる。
「ぼくはいつになったら」
思わず口をつく不満に、横合いから返事が来る。
「どうやら動くようですよ」
囁くような声に、ちらりチサラを見た。ポエトラの親友とは思えないほど落ち着き払った態度に、短めの黒髪をうなじで纏めた少女は、優しげに微笑んで会場を指差した。
ダンは緩慢な動作で会場へ向くと、そこでは数人の試験官が話あっていた。
「なんでしょうね」
あくびの衝動を抑えながら答えたとき、あたりに真石拡声による声が伝わった。
「えぇ刻間も押して参りました。よって遅れている第八会場の受験者は、他の受験会場に回っていただきます。呼ばれた順に指定された会場へ向かってください」
あたりがどよめきに包まれるも、お構いなしに淡々と番号が読み上げられていく。
やることが遅いなぁ。
早めにやっておけよ、と思うも口にせず深くため息を吐くと、
「怠慢ですよね」
「え、ええ、そうですね」
チサラの謗りに妙な違和感を覚えつつ同意するなか、彼女はすくっと立ち上がり、未だすやすや眠るポエトラの頭を的確に二回叩いた。
「さ、起きようポエ」
「うぅん、頭がぁ」
「気にしない、気にしない。そろそろ出番が来るよ」
「でぇ、でぇばぁん?」
ぼやけたポエトラを肩に担ぎ、チサラは軽く会釈して読み上げている試験官の近くへ移動していく。
そんな様子を呆然と見送ったダンに、傍らから声が掛かる。
「結構、裏表の激しそうな子だったな」
「た、たしかにな。って起きたのか」
振り返った先では、すでに立ち上がったナフューが会場を睨んでいた。
「あれだけおしらせされたら眠気も吹っ飛ぶ。それよりかダン、動くべきだ」
「は?」
わけわからずにいるとナフューが会場を指差し、
「ダン、五〇二五番は呼ばれてないぜ」




