三章 新たなる絆 6
守護警士資格試験の受験者数は、毎年五○○○人前後と言われている。
今年もその数に見合うだけの人だかりが、試験会場である闘技場にひしめき合っていた。
お陰で、ダンは見事にナフューとはぐれた。
午前中にあった簡単な筆記試験を隣の講堂で済ませたあと、ぞろぞろと模擬戦試験の会場へ移ったあたりで見失ったのだ。
まぁ仕方ないか。この番号じゃなぁ。
会場で渡された番号を見て、二人して首を捻ったものだった。
ナフューは二千番台だが、ダンが手にした番号は五〇二五番。今年の受験者数が五〇二五人なので、一番最後の番号がダンとなる。ということは、一斉にやる筆記と違って順々に試合をこなしていく模擬戦では、かなり遅くはじまることになる。
試合会場は八つかぁ。それでも夜ぐらいにはなりそうだな。
剣術大会時に使った円形の舞台はすでになく、四角く分割された舞台が八つあり、それぞれの番号が割り振られていた。
で、ぼくの会場はと。
受験番号票に書かれた第八会場の文字を確認しながら、人混みのなかを突き進んでいたときだ。
「わ、わ、うおっとぉ」
正面から危険な響きが聞こえ、茶色い髪を見た直後、ダンはまともに衝撃を食らっていた。
しかも顎へだ。
一瞬にして視界が淀み、身体の力が抜けて後ろへ倒れるも、人混み故に雑に扱われたダンはその場に崩れ落ちた。
な、なんだ。一体。
意識はすぐに回復するも身体が思うままに動かないなか、眼前に未だ茶色い髪があることに気付いた。
こいつか。見事な頭突きをかましたのは。
あまりの衝撃になぜか賞賛する思いを抱きつつ、ダンは痛む顎を押して声を掛けた。
「あの、すいませんが退いてくれません?」
「うー。痛いの」
それはこっちもだ。
言いたくも言えない状況下で、ようやくダンの上にのしかかっていた身体が起きあがっていく。
頭を押さえた少女らしき人物は、碧眼の瞳でダンを見下ろすと、
「あのぉもうすこし前を見たほうがいいですよ」
お互い様だろ。
などと思いながらもダンは謝った。
「申し訳ない」
「そうですよ、まったく」
短めの茶髪を揺らし、少女は腫れ物をさわるかのように頭部を両手で探っていく。
「あぁでっかいたんこぶがぁ」
「ま、まぁこっちも顎にですね」
「顎が硬すぎますよ」
「そ、そうですか? そっちの頭も意外と硬い気が」
「ならさわってみますか、このどでかい証拠を」
むすっとした、薄いそばかすが特徴的な顔が近づいてくる。
ち、近、ってそうじゃないだろー。
妙な展開にダンは顎の痛みも忘れて声を上げた。
「わかった、わかったからまずは退いてくれ」
「あら? あらあら。まぁ私ったら殿方を押し倒して……これはう、運命。うへへ」
うへへじゃねー。
ヨダレを垂らしかけた顔を見た途端、危機感が力を呼び起こし、ダンはおもむろに身体を回転させて身を起こす。もちろん危険人物を跳ね飛ばしてだ。
「なぁにするんですかー」
尻餅ついた格好でぶーたれた少女を見下ろし、ダンは手をさしのべつつ答えた。
「なんか、ものすんごい危険を感じてね。身体が勝手に動いてしまったのだよ、いやはや申し訳ないね」
「危険ですか。それなら仕方ないですなぁ」
まったく疑うことなく、というより自分のことを意味しているなど、気付いてないらしい少女は、差し伸べた手を掴んですくっと立ち上がると、急に目を見開いて口走った。
「いけない、もうはじまる」
「なにが?」
「ちーたんの試合がですよぉ。あの子、私が見てないともう危なっかしくて」
それは君のほうじゃ。
思わず言いそうになる言葉を飲み込んだダンは、
「なら急ぐんだね。今回の件は互いの不注意ってことで」
「ですねー。じゃまたね、運命の人」
「違う、そこ激しく違う!」
否定するも、薄緑色の学生服を着た少女は軽やかにダンの前から去って行く。しかし見続けていると時折、人に当たっては謝罪する、そんな姿を見せながら。
「ありゃ難敵だな」
ぼそっとつぶやいたダンは、依れた学生服を直し、埃を払おうとして手が止まった。
これって。
屈んで手にした受験番号票を確認し、握りしめていた自分の受験番号票を見て眉をひそめた。
あの子のか。
書かれた名はデア・グッド・ポエトラ。どうやらダンと同じ、今年上級校を卒業した受験者らしい。
ポエトラね。たしかにぽわんとしてるよ。
微笑んでとりあえず仕舞おうとした、そのとき。
ダンの目は見開かれ、手にした受験番号票が微かに揺れていく。
五〇二四番。まさかぼくの対戦相手?
妙な調子に狂わされた先ほどの悪夢が過ぎる。
やりにくいぞ、あれは。……って待てよ。
もう一度番号を確認し、自分の番号を見てみる。
「五〇二五。もしかして余りか」
模擬戦は順々に行われていく。ほぼ六三〇人ずつ別れた試合会場で、唯一第八会場だけが均等な人数ではなかった。
戦う相手が誰なのか。
非常に嫌な予感を覚えつつ、ダンは重い足取りで最後の会場へと向かっていった。




