三章 新たなる絆 5
卒業式は滞りなく終了し、講堂から出た者から各々の場所で歓声と涙声が上がっていく。
そんな友情やら愛情の暖かい場面を一人、壁にもたれて微笑ましく眺めていたダンだが、ある集団を視界に捉えた途端、こそこそと壁沿いを這って逃げだそうとしていた。
「おいダン、なにしてる」
背後からの呼びかけに、ダンはあわてて振り向き静かにするよう唇に指を当てた。
「で、どうしたんだ」
声をひそめてくるユジーンに、すくっと立ち上がったダンは埃を払いつつ小声で答えた。
「ユジーン、君はわかっていて声をかけたな」
「ウララだろ」
「わかってんじゃねーか」
「君が醜くうごめくからさ。すぐわかる」
呆れた風に肩をすくめたユジーンは、講堂の入り口近くで華やかな人だかりを眺め、
「まぁこれが最後だしな。伝説のジェッカーを拝んでおく、という気持ちはわからんでもない。今後、彼女が新たな伝説の人物となってみろ。末代までの自慢となるだろうよ」
「なるさ。ぼくにだって」
口にした途端、苦い剣術大会の記憶が脳裏を過ぎる。
あぁ全然、自慢にならねぇ。
がくっと肩を落とし、さわやかな青春の一場面から目を逸らした。
そんなダンの微妙な心情を知り尽くしていながら、ユジーンは勧めてきた。
「ダン、君も最後だろ。挨拶ぐらいしておいても良いんじゃないか」
「それはぼくに死ねと、言っているわけですね」
嫌みを込めて馬鹿丁寧な口調で返すも、ユジーンは鼻で笑い、
「おいおいダン。まだ気にしているのか」
「気にするだろう、普通」
「向こうは気にしてないかもしれん。第一、すでに終わったことだ」
「終わってるけどさぁ」
蘇るあの言葉。
『最低だ』
すれ違いざまに囁かれた言葉は、今も夢の中に出てきてはダンを苦しめている。
終わったことだと、片付けるにはまだ冷却期間が必要だった。
「やっぱまだ、ぼくのなかでは終わってないよ、ユジーン」
「難儀な性格だな、君は」
「あぁ難儀なんだ」
苦笑して答え、ダンはユジーンを見据えて仕切り直した。
「ともあれ卒業だ。ユジーン、君との腐れ縁もここで最後だな」
「そうなるな。君が進学できるわけがないからな」
「言ってくれる。でもまぁ今日は腹も立たないね。なにせ最後だから」
ダンは見よう見まねで、右拳を左胸に添えるゴーズダリアン王国様式の敬礼を取り、
「さらばだ、ダダン・ドッガ・ユジーン。ぼくの悪友よ」
「あぁさらばだ。最後までお堅い平民よ」
互いに微笑んで別れ、学生らの人波へユジーンの姿が消えていく。
ほんと、変わった奴だったぜ。
自分のことを棚に上げ、微かな寂しさを覚えるも寮へ向かう……その最中にダンは寮生らに見つかり、もみくちゃにされつつ別れの挨拶を繰り返し、最後の宴へ連れ出されてしまう。
そして終夜騒いだのち、学生寮へ別れを告げたダンは一端実家へ戻ることになる。
同じセミサ市にありながら、ダンは一年に一回ぐらいしか戻っていなかった。
だからか、甥っ子と姪っ子からは猜疑心の眼を向けられ、兄からはゲンコツの一撃を食らい、母からは小言が山のようにくる、そんな里帰りして一週間。
ダンは兄の経営する飲み屋を手伝い、ときには甥っ子と姪っ子の遊び相手を務め、近所の旧友と語らい、母と兄嫁の手料理をたらふく食った。
深夜には一応筆記試験の勉強もしつつ英気を養ったダンは早朝、母に見送られてセミサ市のコロンネクロ駅に出向くと、
「遅いんじゃないのぉ」
数人の女性に抱きつかれたナフューがすでに待っていた。
彼の痴態に呆然とするも、ダンは着実に王都中央アルタント行きの切符を買い、女たちと涙の別れをするナフューをドムフに引っ張り上げ、今度こそ失敗しないようにと祈りながらダンとナフューは学生時代を過ごしたセミサをあとにしていく。




