三章 新たなる絆 3
提出期限は明日まで。
資格試験はもう一週間後に迫っている。
「夢は、夢のままか」
深いため息と共に瞳を閉じようとしたダンに、ユジーンが口を挟んだ。
「現実はそうだ。しかし誠に残念ながら、君の夢は実現してしまうようだ」
「は?」
「受け取りたまえ、ダン」
差し出される茶封筒に眉をひそめていると、
「今し方下りたのだよ、君の推薦が」
「へぇ」
身を起こし、ダンは茶封筒を手に取って陽へかざしてみる。
「なにしてる」
「いや、刃物でもないかと」
「あるわけないだろ。正真正銘の推薦書だ」
たしかに透けて見えるのは用紙が一枚だけだ。封をされてない所から見ても、今し方入れたのは間違いない。ダンは用紙を取り出して眺めた。達筆な字で推薦証明が書かれ、校長の署名もあった。
本物だな。ってことは。
ダンは推薦書を茶封筒に戻しながらユジーンを睨んだ。
「お前、なにかしたな?」
「しようと思ったのさ」
「思った?」
「だから二抜けしたのだが、どうやら先手を打たれていたらしい」
「先手って、なんだ?」
「さぁね。そこまで踏み込んで聞く気はなかったね。どうも校長、怯えていたしさ。あれ以上心労を増やすのも悪かろうと」
ユジーンの答えを聞いても、ダンのいぶかしむ思いは晴れなかった。
なんなんだ、一体。
手にした推薦書が、今は妙に重たく感じる。
そんなダンへ、ユジーンは立ち上がって話を続けた。
「ともあれダン。推薦されたことに代わりはない。動くのなら、急げよ」
「あ、あぁ」
未だ首を捻るも、ダンは跳ねるように立ち上がる。
今はまだ昼前。余裕はあるがつい不安が口をつく。
「まだ間に合うな」
「君がヘマをしない限り大丈夫だ」
「ここまで用意されて、ヘマなんかできるかよ」
「なら急げ。あぁそれとついでに言っておく」
走り出そうとしたダンだが、一応なんとなくでもユジーンに対して感謝の念を覚えているため、足を止めて振り返る。
「なんだ、急ぐんだぞ」
「わかってる。しかしまぁ聞け」
「で、なんだ」
「ダン、君以外にもう一人の推薦が先ほど下りた」
「誰さ。ってどうでもいいんですけど、今となっては」
「だが聞いて驚くだろ」
「だから誰なの」
「ナフューさ」
その名を聞いてダンは耳を疑った。
なぜ。彼は氏族なのに。
あの大会後も、ユジーンと寮生以外でまともに相手をしてくれたのはナフューだけだ。それでもナフューは進路の件はなにも口にしなかった。当然、ダンもそのまま最上級校へ進学するものと思っていたのだ。
「どうしてナフューが」
「その答えは、本人に聞きたまえ」
ユジーンはそう言って屋上の昇降口を指す。その先を追うと、銀髪の男が軽く手を振っていた。
「ナフュー、おいおいどうしたんだ。なにがどうなっているんだ」
「単なる三抜けさ」
風に靡く髪を押さえながらナフューが近づいてくる。
「いや、今がどうのではなくてさ」
「なぁに簡単なことさ。うちは氏族でも下級ってこと。だから独立ってだけさ」
「な、なるほど。まぁそれはわかったが、なぜ守護警士に」
「そりゃおもしろそうだからさ。特にダン、アンタがね」
きらめく歯を見せて笑うナフューに、ダンは思いっきり顔をしかめた。
「そんなので人生を決めていいのか」
「別にいいんじゃないの。一度きりの人生、おもしろく生きなきゃ損だぜ」
断言されると、言い返す言葉がダンにはなかった。
なにしろ、ダン自身確固たる信念があって選んだ道ではないからだ。
ま、いずれどうにか、かなぁ。
そんな思いを抱きつつ肩をすくめると、背中をユジーンに軽く押され、
「さぁ行けよ、二人とも。期限は明日までだ。届くには今日の午前中までに出した方がいいんじゃないか」
「げっ。ヤバイじゃないか」
焦るダンに、ナフューは大きめの茶封筒を掲げた。
「俺はすでにまとめたよ」
「うっそ。はぇ」
すると再びユジーンに背中を押され、
「だから早く行けと言っているだろ」
「お、おっし」
うなずいて走ったダンであったが、すぐに戻りユジーンへ話しかけた。
「一つ聞きたい」
「なんだ、早く言え」
ダンは推薦書を指差し、
「これ、良いことなんだが。なぜ誠に残念なんだ?」
「あぁ。君が浪人にでもなったら、使用人として扱き使ってやろうと思っていたのさ」
悪意に満ちた笑みを浮かべるユジーンへ、ダンは眉をひそめ、そして笑った。
「そうか。まぁそれも悪くなかったかもしれんが、今のぼくはこっちへいくぜ」
「行けよ。それが君の道だ」
あっち行けとでも言わんばかりの払う素振りに、ダンは軽くうなずいてナフューを促す。
「急ぐぜ」
「もちろんだ。つーかダン、アンタが急げよ」
「わかってるよ」
吐き捨てるように答え、ダンは走りはじめる。
その先に待つ、未知への期待感を抱きながら。




