二章 分相応の実力 6
「あんたらしくない、気がするね」
三人が先に控え室を出たあと、続こうとしたところへナフューが小さく囁いた。
「そうかい。結構、ぼくらしいと思うけど」
振り返る先に、笑顔のナフューはいなかった。
反対なのか。
真意を掴みきれないなか、ナフューの言い分は続いた。
「あんな強引なの、お似合いじゃない」
「まぁね。あれはとある友人を真似たのさ」
脳裏を過ぎる二重顎に自然と顔がほころんでいると、ナフューはため息混じりに核心を突いてきた。
「ダン、ならば『掟』はどうするんだ」
それか。
再度ナフューが提案してきたとき、ダンは戦いへの姿勢として、師匠から課せられた掟を明かしていた。
「今回も破ることになる、かもね」
「本気か」
「だね」
揺るがない答えに、ナフューは肩をすくめてようやく笑った。
「決意あるのならそれでいいさ。掟、破ればいい」
「そりゃどうも」
「しかし変な師匠だね。弟子に勝たせないってのは」
「あぁ変な人だったよ」
今では遠い記憶の彼方であり、顔もおぼろげでわからない。
ただ大きな人だった、という輪郭だけしか思い出せない。
「昔の約束を律儀に守るのもどうかと思うけど。とにかく、ようやく本気が見られるわけだ」
「ようやく、じゃないでしょうが」
「ようやくだよ。コオルタのときなんて、まったく不抜けてたろ」
「がんばってました」
「よく言うねぇ」
「その言葉、そっくり君に返すよ」
「俺? 俺はいつも必死だぜ、苦労してんだから」
ほんとよく言うね、ナフュー。
観戦できた試合を思い返すと、ウララを除いた全五剣士のなかで一番余裕ある戦いをしていたのはナフューだけだ。ギリギリで勝っている節はあるものの、それはすべて余裕がなせる技とも言えた。
変な奴だよ、君は。
自分のことを何度も棚に上げたダンは、腰に差した木剣の柄へ左手を添えて控え室を出て行く。
「大舞台だな」
あとに続くナフューが肩を組んでくる。
それを鬱陶しげに見るもダンは振り払わずに答えた。
「緊張させんなよ」
「本当のことだろ。ついでに、師匠の定めた掟をウララのために破るのもな」
「な、なに言って。ぼくはなにもそんな気ないから」
「ばれてんだよ。俺はナフューだぜ。あきらめな」
女好きナフュー、その異名通りに数々の浮き名を流した男だ。
あきらめたほうがいいか。
さわやかな潔さを実感しつつも、ダンは釘を刺す。
「黙ってろよ」
「もちろん黙っているさ。無粋なことはしねぇよ」
「信じるからな」
「どぞどぞ」
間近にある笑顔が無性に腹立たしい。それでも振り払うことができずに、ダンは大舞台への扉を開いた。
◇◇◇
真っ赤な上級生服を着込んだ女性が、歓声に答えるべく手を振る。
それだけで観客は総立ちだ。
「全員、敵か」
つぶやきながらダンは円形の舞台へ上がった。
東西に別れた位置から、中央へ進んでいく間に歓声は一際高くなっていく。
その過程で、ダンはようやく対戦相手であるユトリアを確認した。
なるほど……全員敵になるのもわかるってもんだ。
やり難さを感じつつ思わず東陣営にいるウララを見てしまうが、眼光鋭く睨まれあわてて向き直る。しかし前を向いても同じ顔が微笑みながら近づいてくるのだ。
これがユトリア。互いを憎しみ合う理由、その一つか。
うり二つだ。顔も髪も身長すら同じ。服装を同じにすれば、一見しただけでは判断がつかなくなるほどだ。となれば、直系としての誇りを持つユトリアが傍流のウララに対し、単なる近親憎悪以上のなにかを抱くとしても不思議ではないだろう。
やるしかないが。こりゃ大変だねぇ。
ウララが引き分けてでも潰すと言った相手だ。
外見と同じように剣の腕も匹敵する、あるいはウララ以上なのかもしれない。
コオルタの噂なんて、今となっては眉唾だしなぁ。
五剣士となるために戦った神速のコオルタを思い返す。噂ではウララ以上とも言われていたコオルタであったが、実際に戦った感触と先ほど感じたウララの気迫を比べるなら、圧倒的にウララのほうが上だと思える。
ぼくはあんなのと戦うのか。
思い出すだけで気分が滅入る。
しかし目の前に来た相手はウララと同格かそれ以上。顔の筋肉が引きつってしまうのも仕方がない。




